「信じられなくて、ポケットに入れたんだろうと思いました。でも『本当にあげちゃったんだよ』と言うので、『お前、自分が何やったか分かってるのか』と言いました。正直、しばらくの間は、クリスがボールをあげてしまったことに腹を立てていました。あれは球史に残るボールだからです。でも試合の中盤くらいに、球場が静かになった時に、マシューくんが、お父さんに『人生で最高の日だね』みたいなことを言ったのが聞こえたんです。それを聞いて気持ちが楽になりました。自分が9歳の時にインディアンズの試合で、あんな思いをしたら最高だったはずですから」

 エンゼルスの地元オレンジ郡で生まれ育ち、物心ついた時からチームのファンだというマシューくんは、年間10試合以上は球場で観戦している。その日は、父親と二人で来ていた。当時はリトルリーグでピッチャー、ショート、レフト、ファーストをこなしていた。

「(大谷が)良い選手だとは知っていました。エンゼルスは良い選手を手に入れたと。投手と打者の両方をこなすと聞いていたからです」

 ホームランの瞬間、近くに来るのが分かり、グラブをはめた手を伸ばした。ボールは捕れなかったが、インコーバイアさんがすぐに手渡してくれた。

「めちゃくちゃ興奮したのを覚えています」とマシューくん。「グローブにボールを入れて何度もお父さんに見せました。ゲットできたなんて信じられませんでした」

 10分もしないうちにエンゼルスの職員がやって来た。「大谷に記念球を譲ってくれないか」とお願いされたマシューくんは快諾した。

「大谷にとって大事な初ホームランなので、譲るのが正しいことだと思いました。メジャーリーグでも活躍できることを見せた第一歩でもあるので」

 その時、エンゼルスの地元紙オレンジ・カウンティ・レジスターの記者として球場の記者席に座っていた私は、ボールを捕った観客に話を聞こうとライトスタンドに向かった。

 すでに10人くらいの記者が、マシューくんに群がっていた。他の記者が去った後に話しかけると、開口一番、「前に座っている優しい男の人がくれた」と言う。前を見ると、後ろの取材騒ぎを尻目に、インコーバイアさんが試合に見入っていた。

 ボールを最初に拾ったのは本当かと尋ねると、「そうです」と何事もなかったかのように答えた。