「(マシューくんは)エンゼルスのファンで、僕はインディアンズのファン。彼のほうが、ずっとありがたみがわかるはず」とインコーバイアさんが言った時の、後悔をみじんも感じさせない穏やかな表情を、私は今でも忘れられない。

 試合後、大谷にボールを贈呈するため、マシューくんは球場のクラブハウスへ招かれた。

 一緒に呼ばれなかったインコーバイアさんとジーアックさんは、「大谷には会えそうにない」と思い落ち込んだと言う。しかし、試合が終わりに近づき、球場を出ようと歩いていたら、インコーバイアさんの携帯に突然、電話がかかってきた。エンゼルスの職員から大谷にボールを贈呈するのに立ち会ってほしいとお願いされたのだ。

 立ち聞きしていたジーアックさんが、機転をきかせた。

「ふと目をやると、すぐ側にグッズショップがありました。大谷に会えるというのに、何も持っていかないなんてあり得ません。グッズショップに駆け込んで、大谷の白いユニホームを買いました」

 マシューくんとインコーバイアさんとジーアックさんは、カメラに囲まれる中、数分程度だったが大谷と面会を果たした。とにかく大谷の体の大きさに驚いた、と3人とも口をそろえる。

「言われている通り、とても大きくて存在感があります」とインコーバイアさん。「普通のメジャーリーガーに会うのとは全く違うとすぐに感じました」

 マシューくんはボールを手渡し、握手をしてもらい、サイン入りのバットとボールをもらった。インコーバイアさんとジーアックさんも買ったばかりのユニホームにサインをもらった。

「とにかく驚きと興奮でいっぱいでした。大谷に会えたり、テレビに出演したり、ドキドキの連続でした」とマシューくんは振り返る。

 インコーバイアさんは、記念球を譲ったことに、本当に後悔はなかったのだろうか?

「あの年齢の子にとって、あんな名誉なことはありません。スポットライトを奪おうなんて気はみじんもありませんでした。与えていれば、いつか報われます。大谷に会って、サインをしてもらって、一緒に写真を撮れただけで十分です」

 4年がたった今も、インコーバイアさんとマシューくんの中で、思い出は色あせていない。大谷がホームランを重ねるたびに、むしろ輝きは増していくのだろう。(在米ジャーナリスト・志村朋哉)

AERA dot.より転載