方向転換からも
努力が実るまで二十数年かかった
関灘 ウイスキー市場が縮小していた時期に、よりいっそう品質を高めるという方針を貫いたことで、世界的なコンペティションでも認められ、今につながるウイスキー事業の画期だったのでしょう。世界に認められるまでの努力や試行錯誤はどういったものがあったのでしょうか。
鳥井 品質によりいっそう比重を置くよう製造方針を変えてから、そこにたどり着くまでに二十数年かかっています。例えば、1994年にモリソンボウモア社を買収し、スコッチウイスキーのブランド「ボウモア」「グレンギリー」「オーヘントッシャン」を買収しています。
その時期に、さまざまな調査や研究を通じ、上質な商品を供給する英国のスコッチ蒸溜所には、共通点があることがわかってきました。蒸溜所は大まかに格付けされており、同格の蒸溜所同士で知見などを融通し合う、独特の文化があるのです。それで、1級といわれる蒸溜所が、何をもって1級とみなされているのかを、相当勉強しました。
関灘 世界水準の研究を進め、買収などを経てそのノウハウを取り入れながら開発に取り組み、世界に認められたということですね。
鳥井 ええ。2014年に、米国の蒸留酒大手、ビーム社を買収しました。ビーム社が持っていた蒸溜所も、我々の提案で品質向上に取り組み、「ジム・ビーム」(バーボン・ウイスキーの銘柄)の品質もさらに上がっています。
関灘 自社で研究開発や品質向上に努め、企業買収により外部のノウハウも取り入れつつ、世界的な品評会で賞を受賞し、今度は買収した企業の品質を高めるところにまで到達できた。品質向上のカギは何だったのでしょうか。
鳥井 ウイスキーは、創意工夫や品質維持、原酒づくりや管理を行うブレンダーの役割が重要です。ウイスキーの品質は、このブレンダーの手腕によるところが大きい。
ブレンダーは、ウイスキーのイメージを組み立て、バランスよくブレンドする創造力、原酒の味や香りなどの個性を利き分ける力、研ぎ澄まされた味覚と嗅覚などが必要で、専門の訓練を受ける必要もあります。
サントリーウイスキーのマスターブレンダー(品質の最高責任者)は、実はサントリーホールディングス代表取締役副会長の鳥井信吾(とりい・しんご/1953年〜)が務めています。会社のオーナーのひとりが、最高の技術レベルの域で、自ら品質を徹底するということは、他社ではあまりないことです。さらに、そのレベルを死守するという揺るぎない信念も、ひとつの要因かと思います。
関灘 ブレンダーは、味覚や嗅覚が狂うといけないので、普段の食事や生活習慣などにも徹底して気をつかうと聞きます。ブレンダー全員の技術レベルの維持も徹底されているのでしょうか。
鳥井 原酒をテイスティングしたり、ノージング(匂いをかぐ)したりする工程の技術は、訓練で身に付けることができます。
それ以上に大切なことは、「意志の浸透」です。意外とこれが難しいはずです。ブレンダーたちを統率するマスターブレンダーが持つ、ものづくりへの情熱、「いいものをつくるんだ」という徹底した強い意志を、どこまで浸透させられるか。実はこれが品質を大きく左右します。
関灘 絶対にあきらめない飽くなき情熱、品質向上への徹底した姿勢、そして自然の恵みが、数々の事業の成功の裏にあるのですね。
(対談・中編へと続く)