紛争が長引くことは
国際社会に深刻な影響を及ぼす

 大勢の市民が無残に殺害されたという現実に直面し、ウクライナは態度を硬化した。これにより、ロシアによる一部の領土の占領を容認するという「中途半端な妥協案」を容認する余地がなくなった。ウクライナは徹底抗戦に方針を転じてしまったのだ。

 こうした経緯で、ウクライナ紛争は双方が後には引けない状況となり、長期化・泥沼化している。

 このことは、国際社会に深刻な影響を与え始めている。何よりも大きな影響があるのは経済だ。欧州などでは、ロシアへの経済制裁の一環として、ロシアからの石油輸入を段階的に停止、または禁止することが協議されている(第303回)。石油・ガスの禁輸は、ロシア経済に致命傷を負わせる「切り札」であるのは確かだが、制裁を課す側にとってのデメリットもある。

 それは、輸入先の変更によってコストが高くなることだ。欧州などは輸入コストの上昇を我慢すれば、ロシア以外からLNG(液化天然ガス)を買えるし、石油、原子力、再生エネルギーで代替可能だ。それでも、エネルギーコストの劇的な増大は避けられず、物価高など世界経済全体に甚大な悪影響を及ぼすだろう。

 ゆえに欧州各国の首脳は、ロシアに経済制裁を加える一方で、「対話」による紛争解決を主張してきた。5月28日には、エマニュエル・マクロン仏大統領とオラフ・ショルツ独首相が、80分間にわたってプーチン大統領と電話で3者会談し、ゼレンスキー大統領との「真剣な対話」を強く促した。

欧州首脳が停戦に奔走する中
実は「及び腰」の米英

 だが、欧州首脳の努力が続く一方で、対話による紛争解決に消極的に見える国もある。それは、米国と英国だ。

 ウクライナ紛争が始まる前からの米国・英国の動きを注視して一ついえることは、米英はこの紛争からの「損失」が非常に少ないことだ。そのためか、米英は開戦前から紛争の兆候を把握していたにもかかわらず、積極的に止めようとしなかった印象だ。

 この連載で指摘したように、米英は昨年秋の時点で、ロシアのウクライナへの大規模侵攻の可能性を指摘していた。昨年12月には、情報機関の文書が米紙ワシントン・ポストで報じられた(第301回)。

 ワシントン・ポストの記事は、約17万人のロシア軍がウクライナとの国境に集結して侵攻を計画中だと報じ、実際に2月に侵攻が始まった時の侵攻ルートを事前に指摘していた。戦闘が始まると、ウクライナ軍はロシア軍を待ち構えて反撃し、ロシア軍は多数の死者を出した。

 現在、米英の情報機関によるウクライナへの強力な支援があるのは明らかだろう。だが、米英にそれほどの力量があるならば、戦争を未然に防ぐために、ロシアを止めることに尽力すればよかったではないか。なぜ、ロシアがウクライナ侵攻を始めるまで動かなかったのだろうか。

 開戦後も、米英を中心とするNATO軍はウクライナに対する支援を続けてきた。対戦車ミサイル「ジャベリン」、トルコ製のドローン「バイラクタルTB2」、地対空ミサイル「スティンガー」などが威力を発揮している。だが結果として、この軍備増強は、ウクライナの戦争意欲を高めているように見えなくもない。