ひとつは、これは誰も否定できない事実ですが、2010年代になってV字回復するソニーの業績を支えるデジタルビジネス群は、出井さんの時代に種をまかれたものだということです。

 そしてもう一つの話が、実は今回の記事の主題になるのですが、出井さんが教えてくれたことは「イノベーションについての議論を高いレベルで行うのは非常に難しいことなんだ」ということです。

 当時のソニーは、グローバルの従業員数が17万人ほどの巨大組織だったと記憶しています。その巨大組織を束ねる経営幹部層だけでも、数百人の幹部がいます。

 ソニーの幹部社員は昔も今も、日本屈指のレベルの高さを誇るのですが、それでも出井さんの視座で見えている危機が同じようには見えていなかった。

 みんな、「デジタルの脅威なら私たちも十分に知っている」とおっしゃるのですが、出井さんと「落ちてくる隕石の影響」についての解釈が違うのです。

 それで出井さんはイノベーションについて議論をする際に、その目線を合わせるための工夫にとても力を入れられていました。

 個人的な思い出をお話しします。

出井伸之氏との思い出
ささやかだけど忘れられない「ふるまい」

 経営コンサルタントとして、「デジタルの脅威」について出井さんと議論をする機会がありました。その際に、出井さんの秘書の方からあらかじめ2冊の本を読んでおくように依頼のお手紙を頂戴しました。ちなみに、メールが一般的に普及する1年ぐらい前の話です。