優れた経営者は
「前提のズレ」を見逃さない
ビジネスパーソンなら誰でも経験があると思いますが、「これは重要だ」と思った記事を部下にメールで読むように伝えても、ほとんどの部下は読みません。そのような状態でその記事について議論をしても、議論の前提がどんどんずれていく。
そんなとき、私などは部下をののしったりするだけですが、優れた経営者というものは「どうすれば相手の知識が同じレベルになるのか」を課題に設定して、解決策まで考えて動くのだと気づかされたのです。
もう少しカジュアルな場面で出井さんがおっしゃっていた話も、似たような問題意識から出た話のように思います。出井さんが社内の会議の場で「この部屋は暑いね」とひとこと言ったら、若い部下二人が席を立って、一人は空調の温度を下げるように指示を出し、もう一人はアイスコーヒーを出席者全員分手配したという話でした。
大経営者になると、その真意を誰も確認してくれないまま、部下がそれぞれの解釈で行動するようになる。しかし、本当は企業全体で同じようなことが起きているはず。こういうことが組織としては危ないのかもしれないというようなことをおっしゃるのです。
ここでの問題は、それが「部屋が暑い」ぐらいの話であればいいのです。しかし、もっと重大なことに関して出井さんがひとこと発したことが、いつの間にか組織全体で異なる戦略、異なる投資として広がってしまう可能性があるということです。
なにしろ、出井さんはイノベーションの人です。通常の人が発想しないようなことを次々と思いつく人なので、アイデアを口にするたびに、いろいろなことが起きただろうことは想像に難くありません。
当時の出井さんは、デジタルという大変化を可能にする手段の出現を脅威に感じていて、頭のぶっ飛んだ発想をする新しいタイプの経営者が繁栄する時代の出現を予言していたのだと私は思っています。
事実、2000年代に入ってジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクといった「発想重視」の新しいタイプの経営者が、世界の覇者となる時代に突入したのです。