水素カー「MIRAI」が鳴かず飛ばずの状態。トヨタ自動車は、「水素ムラ」で存在感を示す川崎重工業や岩谷産業に比べて影が薄くなっていた。しかし、トヨタは世界的な水素バブルの急騰を再浮上のチャンスとみて、川重や岩谷のお株をも奪う秘策を繰り出した。特集『熾烈なるエネルギー大戦』(全7回)の#5では、トヨタの水素再浮上に向けた秘策に迫る。(ダイヤモンド編集部 堀内 亮)
“全方位外交”トヨタの水素戦略を深読み
ライバル企業幹部「これはまずい、やられる」
水素ビジネスを手掛けるエネルギー企業の幹部は6月初め、「日本経済新聞」の片隅に掲載された、トヨタ自動車が手掛ける「水素容器」なるものに関する小さな記事を見つけた。
燃料電池も本気だ、全部本気――。豊田章男社長がCMで語っていたフレーズを思い出した。この幹部は、全方位外交のトヨタが描く水素戦略の全体像を“深読み”すると背筋が寒くなった。
「これはまずい、やられる」
水素を燃料とする世界初の量産型燃料電池車(FCV)である「MIRAI」を2014年に発売して以来、水素社会の実現へ先頭を走ってきたのが、トヨタだった。しかし、鳴り物入りで登場したMIRAIは鳴かず飛ばずで、20年末までの販売台数は3800台にとどまった。
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、世界が一気に脱炭素シフトを敷いてからは、水素はFCVではなく、火力発電の燃料として注目を集めている。このため、「水素ムラ」の有力者で水素の貯蔵や輸送などに強みを持つ川崎重工業や岩谷産業が、水素ビジネスで存在感を増している。
水素バブル急騰に沸く川重や岩谷に対し、トヨタは影が薄くなっていた。
ところが、である。トヨタが温めてきた水素戦略の“秘策”は、川重や岩谷、そしてエネルギー業界をも脅かすことになりかねないというのだ。いったい、どんな秘策なのだろうか。
次ページ以降では、トヨタが抱く水素戦略の秘策、その水素戦略がエネルギー業界に与えるインパクトを読み解く。