投資家はESGの価値を
PBRに織り込むか
では、日本企業がESGを定量化したら、あるいは企業価値との関係性を十分に説明したら、世界の投資家は「PBR仮説」の通り、ESGをPBRに織り込みたいと考えているのだろうか。
その答えを2018年から筆者は世界の投資家に聞いているので、図表3に掲載する。
「日本企業のESG(非財務資本)の価値とバリュエーション(PBR)の長期的関係についてはどう考えるか」という設問になる。
(設問)日本企業のESG(非財務資本)の価値とバリュエーション(PBR)の長期的関係についてはどうお考えですか?
A. ESGの価値は、(資本コスト低減や将来業績の増分・安定化などを通じて、本来なら)すべてPBR(1倍以上の部分)に織り込まれるべきだと考える
B. ESGの価値の相当部分は、(資本コスト低減や将来業績の増分・安定化などを通じて、本来は)PBR(1倍以上の部分)に織り込まれるべきだと考える
C. ESGの価値を多少はPBRに織り込むべきだと考える
D. ESGの価値は(別物なので、資本コスト低減や将来業績の増分・安定化なども関係はなく)PBRや株価に織り込まれるべきではないと考える
E. (ESGの価値評価には)関心がない・重要とは思わない
世界の約7割の投資家が、「本来すべて」「相当部分は」ESGの価値を長期的にPBRに織り込むべき、と考えていることは、柳(2021b)の主張する「PBR仮説」「柳モデル」と整合する。
このことは、潜在的なESGの価値の高い日本企業にとっては大きな意味がある。すなわち、ESGの定量化あるいは説明責任の履行により日本企業の長期的な価値評価は向上する蓋然性があるだろう。
ESGとPBRに「関連がない」「関心がない」と考える機関投資家は全体の1割程度にすぎない。
日本企業の企業価値評価は
倍増できる
ESGに係る長期的な投資家アンケートの時系列分析は、日本企業の価値創造に関する資本市場の視座の変遷を表している。
ESGは本来PBRに織り込まれるべきと世界の投資家は考えており、日本企業にその価値関連性の説明を求めている。ここではESGの定量化が鍵になる。
例えば、筆者はESGの価値はPBRに反映されるという「PBR仮説」に依拠した「柳モデル」を提案し、知る限りでは世界で初めて、個別1企業(エーザイ)のESGとPBRの正の関係を回帰分析で証明、CFO(当時)として「エーザイ統合報告書2021」で開示して世界の投資家とエンゲージメントを行った(柳 2021b)※5。
もちろん、統計学上課題がないとはしないが、傾向としては、長期の時間軸でESGと企業価値を同期化できるエビデンスを得たと考えている。
「柳モデル」の実証は「相関」の証明であり、「因果」の説明では具体的なストーリーの蓄積が重要になるが、ステークホルダー主義時代のアカウンタビリティーは、こうした「モデル、実証、開示、対話」を積み重ねて、トータルパッケージで市場の理解を得ることである。
もし、日本企業がESGの定量化も含めて、「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」を訴求して、こうした説明責任を果たせば、潜在的なESGの価値や国力からいっても先進国平均のPBR2倍になれるのではないか。
その前提では、日経平均は4万円を目指すべきだし、日本企業の企業価値評価は倍増できる光がある。筆者は日本企業がESGと企業価値の関係性の訴求により、長期的な企業価値向上を実現することを願ってやまない。
柳良平(2021a)『ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる方法』『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2021年1月号、2021(1):58~71.
柳良平(2021b)『CFOポリシー第二版』中央経済社.
柳良平(2022)「日本企業の価値創造に係る資本市場の視座の変遷―グローバル投資家サーベイ時系列分析(2007~2022)」―『月刊資本市場』2022(7):42-53.
IIRC (2013)“The International IR Framework”. International Integrated Reporting Council.
Yanagi, R. (2018)“Corporate Governance and Value Creation in Japan”. Springer.
(早稲田大学大学院 会計研究科 客員教授、アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー 柳 良平)