2022年8月、「経営の神様」といわれた稲盛和夫氏が亡くなった。今から約40年前の1980年、稲盛氏は、現代経営学の巨人、P・F・ドラッカー氏を招いてダイヤモンド社が開いた特別シンポジウムに参加。セゾングループ総帥で西武百貨店(現そごう・西武)会長だった堤清二氏ら超大物経営者とともに、世界的なインフレや貿易摩擦の激化など厳しい経営環境に置かれた日本企業のあるべき経営について討議している。後編では、貿易摩擦の激化でトピックとなっていた自動車の現地生産や、日本式の労務管理の是非、そして二度の石油危機を受けたエネルギー問題などに議論は及ぶ。稲盛氏は、米国で採り入れた日本式の労務管理を巡って、ドラッカー氏と意見を交わした。(ダイヤモンド編集部)
P・F・ドラッカー
稲盛和夫・京都セラミック社長
小池明・日本電気専務
堤清二・西武百貨店会長
中原伸之・東亜燃料常務
【司会】
野田一夫・立教大学教授
(肩書は当時)
ドラッカー氏「自動車は輸出のみでは市場失う」
小池氏「現地生産では品質の維持が困難」
野田一夫(以下、野田) 次に、国際社会の一員としての、日本企業のとるべき道ということについて、検討してみたいと思います。まず、ドラッカー先生に、問題提起をお願いいたします。
P・F・ドラッカー(以下、ドラッカー) 私が提起する問題は日本の企業人としては、あまり聞きたくないことだろうと思います。
それは、ある国の市場で、15%かそれ以上のシェアを取っている場合、その後も現地生産せず、輸出一辺倒で市場を確保しようとすると、いずれは、その市場を失うということです。
経済学の初歩に、「生産は、1カ所に集中させればさせるほど、メリットが大きくなる」という理論があります。
イギリスは、過去125年にわたって、この理論を信奉してきました。その結果、世界の主な市場のほとんどから、締め出されています。
今日、日本の自動車は、アメリカ市場で、非常に優秀な成績を上げています。しかし、いつまでも輸出という形態でのみ、市場を確保しようとすると、近い将来、イギリスのように、市場を失うのではないかと懸念しています。
失う理由は、保護主義によるものではありません。
その市場のタッチ(感触)を得られないことによるものです。
ある国の企業が、ある国に進出する場合、障害が多くあり、それと戦って、戦い抜いてやっと工場設立が可能になるという例が多い。
しかし、日本の自動車メーカーは、アメリカから「ぜひ、来てくれ」と請われている。こういうことは、かつてなかったことです。
今後再びそういう機会が出てくるかということについては、大きな疑間を抱いています。
それなのに、日本の自動車メーカーと通産省(現経済産業省)は、その招待を恐れて、避けて通ろうとしているようです。生産の一部をアメリカに持ちこむことによって、アメリカ市場で高いシェアを維持している日本のエレクトロニクス産業の姿勢と対照的です。
野田 今日は、パネリストとして自動車業界の方が1人出席するはずだったのですが、幸か不幸か参加を得られませんでした(笑)。
輸出だけで、高いシェアを維持することは不可能という見解に対し、小池さんはどういう意見を持っていますか。
小池明(以下、小池) このテーマは、3つの問題点を含んでいると思います。1つは、世界には、いろいろな国があり、企業進出を考える場合は、各々の国の事情によって、対処の仕方を変えざるをえないということです。
地域的に遠い国と近い国がありますし、その中にも先進国と開発途上国があります。主義主張も、もちろん違っています。
2番目は、企業利益と、国として追求する付加価値を、どういう具合に調整するかということです。日本という国全体から見れば、GNP(国民総生産)を増加させるために、付加価値の高いものを獲得しなければなりません。
しかし、企業の立場は、国全体の立場とは若干異なっていて、主眼はやはり、利益の追求です。
企業としては、獲得する付加価値が低くても、利益が出さえすれば良いという考え方があります。国と国との協調、あるいは通商には、そういう面での配慮がまず必要です。
3つ目は、現地生産をする場合、いかにして、製品の質を維持するかということ。
組み立てに必要な部品のすべてが良質なものでないと、製品の質の良さは保てません。しかし、海外では良質の部品の調達は、非常に難しいのです。現地生産には、そういう不安があります。
野田 稲盛さんは、どうですか。
次ページでは、日本企業の海外での現地生産に関して、稲盛氏が持論を述べる。加えて、稲盛氏が自ら取り組んだ現地生産で、日本式の労務管理が受け入れられた理由を解説。ドラッカー氏も成功の秘訣を説いた。