すでに創造性に対する「基礎体力」がある世代に
必要なのは「手を動かしてみる」こと

 なぜこのようなキャンプを実施するのか? それは、IDEOの企業精神に教育への強い思いがある。創業者のデイヴィッド・ケリーは、米スタンフォード大学で、デザインと教育の研究を行う「d.school」を設立しているし、世界中のIDEOのメンバーが、教育機関で教鞭を執ったり、研修プログラムの開発や研修を行ったりしている。「デザイン思考」という思考法自体が、教育との親和性が高いことも挙げられる。

 油木田氏は、以前から「手を動かしてアイデアを形にすること」の必要性を痛感し、それを教育の分野でもっと浸透させることが必要だと考えていた。前職でも教育プログラムの運営に関わっており、自身がIDEOに転職したタイミングで会社にかけあって、今回のキャンプを実現させた。成城大学でこうしたプログラムを取り入れたキャリアデザインの講義も担当している。

 油木田氏がコンピューターサイエンス専攻の大学生だった時の話だ。発作が起こる病気を抱える知人がいて、発作を周りの人に簡単に知らせることができるSOSボタンをつくれないかと考えた。試行錯誤したが、結局つくることができなかった。それが「人生が変わるような経験だった」と油木田氏。

IDEOPhoto by Takumi Kitamura(IDEO Tokyo)

「大学でやっていることのほとんどが方法論を学ぶことです。方法論はもちろん重要ですが、それだけでは実際に、目の前で困っている人を救うことができない。何のために学んでいるのかと自問したんです」と語る。

 その後、デザインという分野が、課題解決に役立つのではないかと考え、デザインを学んだ。以後、デザインに関わり続け、少しでも自分の周囲の課題を解決できればと活動を続け、今に至るという。

 キャンプは毎回、少しずつ変化している。近年は「あくまでも遊び倒す」ことを主眼にした。というのも、今の中高生は、学習指導要領に「探求学習」が取り入れられた世代だ。先進的な学校では、課題解決やグループワーク、アイデア出しなどを日常的に行っていて、こうした活動に慣れている学生が多い。

 たとえば、自治体を訪問して、聞き取り調査を行い、課題解決のアイデアをグループワークで出し合うということは、今の大人たちより、よほど器用にやってのけるのだという。また、生まれたときから「創造性が大事だ」と言われながら育ってきた世代でもあり、クリエイティビティに対する感度が高いのも特徴だ。そうしたグループワークやクリエイティビティに対する「基礎体力」があるうえに、SNSの使い方も洗練されている。

 このような状況の中で、わざわざ学校と変わらない「課題」を出しても意味がない。また、中高生も貴重な夏休みを5日間も割いて、「課題」に取り組まなければならないとすれば、辟易(へきえき)してしまうだろう。

 また、油木田氏がIDEOに来る以前に関わっていた教育プログラムでは、企業からお題をもらって、中高生がデザイン思考を活用してアウトプットを出し、それに対して評価をつけるというものだった。勝者を決めて商品を出す、コンテスト形式のものもあった。しかし、学生たちの有限な時間を、同じ業界内で奪い合っているようで、心苦しく思う時も少なくなかったという。

「そこで、d.camp Tokyoは、課題解決や評価がついてまわるような枠組みではなく、とにかく手や体を動かして何かをつくること、無心に創造性と戯れること、『アイデアを実装することが楽しい』という体感を持ってもらうこと、こうした場にすると決めました。デザインは単なるカリキュラムとして消化するものではなく、もっと可能性があり、他人の人生を変えられる、人の役に立てる楽しい営みです。その体感を持って、もう一度学校に戻って課題解決の授業に取り組んだとき、おそらく、これまでとは違った発想やマインドセットで取り組めるだろうと思うのです」