どうやってさまざまな層へリーチするか
教育格差を広げることになっていないか

IDEOPhoto by Takumi Kitamura(IDEO Tokyo)

 こうした方向へかじを切ったのが2021年に実施した2回目からで、実際、参加者から「家でも学校でもやったことがないことを経験できて、とても楽しかった」と感想をもらったという。

 一方で、課題もある。IDEOでは「Equity」(誰にとっても公正であること)を大事にしているが、東京での対面式での開催は、主な参加者は関東圏からとなる。英語での開催は、申込者の多くがインターナショナルスクールの学生となる。もちろん、英語が使えたほうが、IDEOの本領が発揮できるが、どうやってさまざまな層へリーチするか、また、教育格差を広げることになっていないか、つねに葛藤はあるという。

 初めは、知り合いからの口コミやSNS経由からの参加が中心だったが、回を追うごとに少しずつ参加者は増え、今回は初めて定員30人を上回る、50人ほどの応募があり、選抜となった。

 今は少人数に対し、無料で実施しているプログラムだが、教育の現場に足りないものを提供するためのビジネスへと発展させたい――。油木田氏にはこのような思いがある。

 人手や手間ひまをかけてこうしたプログラムを学校独自で実施したくても、リソースが有限な学校で導入するには、費用対効果が合わない。そのため、プロに、創造性涵養のための教育プログラムをアウトソースしたいというニーズは、近い将来、必ず生じるはずだ。その効果的でサステナブルな実施方法を、油木田氏はこのキャンプを通じて探求しているのである。ある意味、キャンプそのものが「プロトタイプ」ともいえる。

 とにかく手や体を動かして何かをつくること、無心に創造性と戯れること、『アイデアを実装することが楽しい』という体感を持ってもらうこと。これらを本格的に教育現場に入れていく必要があるという問題意識は、自分だけのものではないはずと、油木田氏は語る。

 小学生は2020年度、中学生は2021年度から全面実施される新学習指導要領において、プログラミングの授業が導入されたという事実は、今の教育現場に足りないものが浮き彫りになってきていることを示していると油木田氏。「学習指導要領は10年サイクルで変わるので、次のサイクルへ切り込むために、どう動いていくかがカギになる」(油木田氏)。

 しかし、教育界に変化をもたらすのは至難の業だ。そのため、「黒船効果」を活かすことも策のひとつだ。米国発であり、デザイン思考を普及させ、世界のビジネス界におけるクリエイティビティを真剣に考え、実践してきたIDEOの影響力は大きい。産業界から変わらなければ、教育は変えられない。そこで、産業界にデザイン思考の実践、プロトタイピング力の向上の必要性を広め、教育界や社会を動かしていきたいと、油木田氏は語る。

 アイデアを形にすることを楽しみ、その気持ちがいずれ、人や社会を助けるものを生み出す。その可能性を世に問う油木田氏の射程は、途方もなく長いようだ。