“したたかな大人”は「目的合理性」に徹する

 これは、私にも経験があります。誰もが「勝ち馬」に乗りがたる、ということ。リスクを取り、大汗をかいてきた当事者からすれば、正直なところ気に障るものです。

 そこで、「まったく現金なものですね……。嫌味のひとつも言いたくなりますよね?」と尋ねると、伊藤さんは、「まぁね……。でも、『ありがとうございます』と言って、ニッコリ笑って済ませましたよ」とおっしゃいました。

 私が思わず「人格者ですね」と口にすると、伊藤さんは、「いやいや、僕は人格者なんかではまったくないですよ」と言下に否定。そして、次のように話されたのです。

「だって、そのほうが得じゃないですか? 僕には、チャレンジしたいプロジェクトがほかにもありましたからね。余計なことを言って気を悪くされるよりも、味方につけておいたほうが得ですよ。
 それに、彼らも心の中では後ろめたさを感じていますから、僕にお礼を言われると弱い。実際、別件で協力してほしいと頼んだら、喜んで力を貸してくれました。そんな感じでいろんな人を巻き込んでいったら、気づくと、社内に仲間がたくさんできていましたね」

 私は、実にしたたかな人物だと思いました。

 伊藤さんも、あのとき内心では腹を立てていたはずですが、その感情は横に置いて、新規プロジェクトを成功させるためにどうすべきかという「目的合理性」に徹したわけです。

 そして、そのために、「勝ち馬に乗りたい」「後ろめたい」という周囲の人々の心理をも上手に利用。その結果、社内に仲間を増やし、次々と新規プロジェクトを成功に導いたのです。これこそ、「大人」のしたたかさであり、「ディープ・スキル」そのものなのです。

(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)