貧国ニッポン#8Photo by Shinichi Yokoyama, PIXTA

日本銀行が12月20日に決定した長期金利の上限引き上げは、金融緩和政策の出口に向けての第一歩だが、これだけでは足りない――。特集『貧国ニッポン 「弱い円」の呪縛』(全13回)の#8では、野口悠紀雄・一橋大学名誉教授が緊急寄稿。野口氏は、日銀が進めてきた異次元金融緩和はデメリットが大きかったと断じ、日銀は“弥縫策”ではなく、金融政策を根本的に見直すべきだと論じる。日本経済への直言を続けてきた野口氏が日銀や政治に喝を入れる。

日銀の金融政策のどこに問題があるのか?

 日本銀行は、20日、長期金利の上限を0.5%に引き上げた。これは、利上げではないし、出口戦略の一歩でもないと説明されているが、説得力を欠く。これは、異次元金融緩和政策の基本的な修正であり、出口に向けての第一歩だ。事実、長期金利も為替レートも大きく変動を始めた。

 この決定が日本経済に与える影響を考えるため、まずこれまでの経緯を振り返っておこう。

 2022年の春から、急激な円安が進んだ。この原因は、FRB(米連邦準備制度理事会)が急速に金利を引き上げたのに対して、日銀が金利抑制を続け、その結果、日米の金利差が開いたからだと説明される。

 この説明は間違いではない。しかし不十分だ。なぜなら、金利差が開いただけで、これほど急激な円安が起こるはずはないからだ。

 日米金利差が開くと円安が生じるメカニズムは、次のようなことだと説明されている。

 日本の金利が低く米国の金利が高い場合、円で資金調達をして、ドルで運用すれば、金利差だけの収入が上げられる。この取引(円キャリー取引と呼ばれる)では、円を売ってドルを買うため、円安・ドル高になるという。

 この説明ではなぜ不十分なのか。なぜなら借りた円を返却するときに、為替レートが円高になっている可能性があるからだ。その場合には、為替差損が発生する。損失額は金利差収入を上回る可能性がある。

 従って、キャリー取引は極めてリスクの高い取引であり、金利差があるだけで簡単に増大するものではない。

 22年3月以降に円キャリー取引が増大し、急激な円安が進んだのは、日銀が金利を引き上げないと明言したからだ。つまり、将来の金融政策について約束し、将来円高になる可能性は低いと約束したのだ。いわば、投機取引の利益を約束したことになる。このため、円キャリー取引のリスクが低下し、急激な円安が進んだのだ。

 20日の決定で、今後の金利に関する保障はなくなった。今後も、予告なしに、突然金利上限が引き上げられるかもしれない。従って、為替レートに関する条件は、大きく変わったことになる。

金融緩和で物価が上昇すれば賃金も上がる――。13年に始まった日銀の金融政策へのそんな期待は「錯覚」にすぎなかったと野口氏は言い切り、賃金が上昇しなかった理由を解説する。さらに、円安の弊害は、日本が貧しくなるだけでなく、より致命的な事態を引き起こしていると強調。日銀には、長期金利の上限引き上げよりも大胆に、金融政策の見直しに踏み込むべきだと提言する。野口氏は、政策の見直しに伴う“痛み”も指摘した上で、日銀や政治に覚悟を迫る。