企業とは理想に向かって直線的に進化するものではなく、変化する環境に適応しながら紆余曲折しつつ、目標に向かうものである。そして、人や組織のマネジメントのあり方は、歴史、地理、政治、文化、技術などさまざま影響を受けながら変化する。古代文明から現代までを巨視的なパースペクティブでとらえた『マネジメントの文明史』の著者に、近未来の展望を聞く。

古代グローバル文明は
なぜ突如崩壊したのか

編集部(以下青文字):経営環境の不確実性がますます高まっている昨今ですが、2023年以降の環境変化をどう読むべきでしょうか。

文明史に学ぶリーダーに<br />求められる3つの視点早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
武藤泰明
YASUAKI MUTO
東京大学大学院修士課程修了後、三菱総合研究所入社。同社主席研究員を経て、2006年より早稲田大学スポーツ科学学術院教授。専門は経営学、組織マネジメント。公職は日本ファイナンシャルプランナーズ協会常務理事、笹川スポーツ財団理事など。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)で経営諮問委員長、理事も務めた。著書に『財閥のマネジメント史』(日本経済新聞出版、2022年)、『マネジメントの文明史』(同、2020年)、『未来予測の技法』(PHP研究所、2009年)、『ファンド資本主義とは何か──投資の論理と企業社会への衝撃』(東洋経済新報社、2005年)など多数。

武藤(以下略):まず、不確実性とは何かを考えてみましょう。不確実性とは確率で表せない未来です。

 私はよく、未来は3層構造であると説明しています。一番下の層が予見可能性の高い未来で、多くの事象はこの範囲に収まります。真ん中の層はぶれる可能性はあるけれども、マネジメント可能な範囲に収まる未来。そして、一番上が誰も確率的に予測できない未来、すなわち不確実性です。現状でいえば、感染症の大流行やウクライナ危機がこれに相当します。

 不確実性の層が大きくなっている状況で重要になるのが、リアルオプション。つまり、将来の不確実性に柔軟に対応できるオプションを用意しておくことです。

 ビジネスの本質は投資であり、投資とは未来に対する意思決定です。経営環境がこう変わったら、こう動く。場合によっては投資の実行を延期する、プロジェクトから撤退する、逆に投資を拡大する。複数のシナリオを用意して、環境変化+対策のオプションを持ち、状況に応じて選択できるようにしておく。

 リーダーにとっての戦略とは、みずからが策定するものというより選択するものです。A、B、Cといった複数のオプションからどれを選ぶか、その意思決定をするのがリーダーの役割です。

 かつてアメリカ海軍大学校の創設に関わり、2度校長を務めたアルフレッド・マハンという提督がいました。彼はいずれ日本との戦争は避けられないと考え、海軍大学校のエリート軍人たちに日本艦隊との戦闘を徹底的にシミュレーションさせ、対策を叩き込みました。第2次世界大戦が終結した時、米太平洋艦隊の司令官の一人は、「太平洋ではマハンに教わったこと以外は起きなかった」と述懐したそうです。

 未来のシナリオを書き、オプションを準備するためには、中長期のメガトレンドをつかむことが大切だと考えられます。リーダーはどのような道筋で、大きなトレンドをつかめばいいのでしょうか。

 トレンド、イベント、事件の3つに分けて認識・予測することが大事です。トレンドとイベントは歴史の延長で生起するものなので、歴史的な流れを理解していればだいたい予見できるはずです。そのためにも、経営者は歴史に学ぶ必要があります。

 一方、ここでいう事件とは、歴史とは無関係で起きる事象という意味で、典型は自然災害です。被害を少なくするための備えは重要ですが、道筋をつかむのは難しい。

 歴史に学んでいれば、たとえば経済のグローバル化というトレンドから生じうる事態もある程度予見できます。

 考古学者エリック・H・クラインの著書『B.C.1177』によれば、紀元前3000年頃から始まる青銅器時代、メソポタミアから地中海東岸にかけて豊かな文明が栄えており、近年の発掘調査から都市と都市が緊密に結ばれたグローバルな文明世界を形成していたことがわかっています。交易が盛んで、経済的にも強く結び付いていました。しかし、紀元前12世紀にその文明世界が突如として消滅します。

 その引き金を引いたのは天変地異です。被災したいくつかの都市で難民が生まれ、その一部が他の都市で略奪を始めます。それが連鎖的に広がった結果、交易が途絶え、経済が成り立たなくなり、古代グローバル文明は崩壊しました。

 つまり、交易量が増えると経済と文明は栄えますが、相互依存度が深まることで一つの都市の崩壊がドミノ倒しのように広がる。グローバル経済はこうしたもろさを内包しています。

 ロシアが海上封鎖したことでウクライナが穀物を輸出できなくなり、アフリカで食料危機が起きたのも、同じ構図です。途上国の経済は通常、まず農業生産が増え、次に軽工業、重工業、そしてサービス業という順で発展していきます。しかし、アフリカの資源産出国では、前提となる農業が伸びないまま、見た目のGDPが成長しています。欧米から大資本が来て鉱山開発を行い、輸出が伸びているからです。

 一方、灌漑しやすい土地が少なく、また政権が安定しないので農業インフラの整備は進みません。農民は土地を離れ、職を求めて都市に行く。ますます食料輸入が増えるというのがアフリカの現実です。