その点でいえば、十時氏は一貫して戦略家であった。十時氏といえば、ソニー銀行を作ったことで知られるが、生命保険会社をグループに持つとはいえ、まったく知見のないところから新銀行を作り、他社と差別化し、ソニー銀行をソニーの金融グループの中核企業に育て上げた手腕は十時氏の戦略家としての実力と言える。

イノベーションを語る上で重要な
価値創造と価値獲得のフェーズ

 先にイノベーションには経済的収益が必要と述べたが、MITスローンマネジメントスクールでは、イノベーションを価値創造と価値獲得のフェーズに分けて説明している。価値創造とは、どのような製品や事業を新たに生み出すか、何を作るかの話である。一方価値獲得は、想像した価値からどのように収益化を生み出すかという議論である。

 たとえば、最近のソニーの好調な事業のひとつにCMOSイメージセンサーがある。なにかと昨今話題の半導体産業で、日本がほぼ唯一グローバルにトップをとることができている半導体製品である。これも、単に優れた半導体製品を作れば自動的にトップになれるというものではない。

 日本の多くの新規半導体企業が「いたずらに数を追わず製品力で差をつける」としながら競争に敗れたのも、まさに数を追わないその姿勢に問題があった。ソニーは近年のリカバリーの中で、多くの事業を整理し、ただ単に数を追うだけのビジネスからは撤退している。しかし半導体については、いまだにしっかりとした設備投資を続け、数を追っている。これは、半導体が装置産業であり「1位企業総どり」の事業であるからだ。

 そうした中で、しっかりと設備投資を続けていること、またそうした事業の展開について適切なタイミングで的確な情報をステークホルダーに提供していることも、最近のソニーの特徴であり、それはCFOとしての十時氏の力量によるところが大きい。歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ。