堅実で地味に見える十時氏
だからこそ求められる理由
ただ、派手なプレゼンテーションと「感動」というキーワードで新たなソニーの方向性を打ち出した平井一夫前会長や、昨今のCESにおけるEVのプレゼンなどで注目を集めた吉田憲一郎会長に比べると、十時氏は堅実で地味に見えるかもしれない。しかし、それこそが今のソニーのマネジメントに求められるものであろう。
一言で戦略といっても環境に応じてやらなければならないことや、そこで必要な組織や人材は異なる。ハーバード大学の故ウィリアム・J・アバナシー教授は、不確実性の高低によってイノベーションの性質が異なることを発見した。簡単に言えば、不確実性が高い局面では効率よりも効果を重視して、新たな価値創造が求められるのに対し、不確実性が低い局面では、効率性を重視して確実な価値獲得が必要だということだ。
この議論に組織論における「探索と活用」という議論を組み合わせて、異なるイノベーションの局面ごとに必要な組織形態があることを示したのが、マイケル・L・タッシュマン氏とチャールズ・A・オライリー氏の示した「両利きの組織」の議論である。
2000年代以降、ソニーがタービュラントな環境に巻き込まれ、新たな方向性を打ち出すためには平井氏のような探索型、効果重視のマネジメントが重要であったといえる。吉田氏が打ち出した人に近づく、あるいは動くものを作るという方向性で、aiboやドローン、EVに進出したのも探索型の戦略である。
しかし、これらは価値創造、価値獲得のフレームワークでいえば、価値創造の話である。ソニーは歴史的に価値創造が得意な会社だ。テープレコーダー、トランジスタラジオ、トリニトロンカラーテレビなど、20世紀は技術に裏付けられた価値創造だけで持続的に収益を得ることができていた。しかし、先に述べたように今日の経営環境では、それだけではメーカーの経営は成り立たない。