彼はいわば、生粋のウィーンの音楽家である。指揮者である父に連れられて、幼い頃から国立歌劇場や楽友協会に出入りし、舞台脇からオペラ公演を見て育っただけでなく、父から名指揮者カール・ベームや、ヴァイオリニストのダヴィッド・オイストラフなど数々の一流音楽家に引き合わされている。

 幼少期にウィーン少年合唱団で共に学んだ者たちが、その後彼と同じようにウィーン・フィルに奏者として入団していたり、歌劇場で歌手として活動していたりするなど、ウィーン音楽界でのネットワークが広いのもフロシャウアーの特徴だ。

 加えて、ニューヨークのジュリアード音楽院に進学したのちにウィーンに戻ったことから、世界中にジュリアード時代に得た演奏家やマネジメント側の人脈を持つ。地元ウィーンだけでなく、アメリカでの活動で培われたコミュニケーション力と国外へのアピール力が、コロナ禍の難しい局面でも発揮されたと言えるだろう。

 また、あるウィーンの音楽関係者が「フロシャウアーの話し方や気の配り方は、ウィーンのお父ちゃんっぽい」と話すように、その人当たりのよい振る舞いによって他の奏者からの信頼が厚い。

 楽団長就任後は、生来の人懐っこさを落ち着いた態度に改めようとする努力もあったようだ。インタビューの際には常に姿勢を正しく保ち、両手の指先を軽く合わせるポーズをとる。前ドイツ首相のアンゲラ・メルケルと同じ仕草だ。

 これは会話中の中立的な態度を表しているとされ、フロシャウアー本人も「他の動きをしないように心がけている」と話していた。こうした努力によって、楽団長就任以来、威厳に満ちた姿勢が年々板についているように見受けられる。現楽団長は運営上の代表的な立場としてだけでなく、親しみやすさも持ち合わせる広告塔的な存在と言えるだろう。

抜群の交渉力を持つ、ブラーデラー

書影『ウィーン・フィルの哲学』(NHK出版)『ウィーン・フィルの哲学』(NHK出版)
渋谷ゆう子 著

 一方の事務局長ブラーデラーもオーストリア出身だ。音楽家一家に生まれたわけではないが、その生来の努力家気質で、ウィーン国立音楽大学を最優秀の成績で卒業したコントラバス奏者である。落ち着いた佇まいと戦略的な物言いで抜群の交渉力を持つ彼は、事務局長職に就く以前、ウィーン国立歌劇場管弦楽団で歌劇場と演奏家の間で交わされる労働規約の交渉をする立場を担っていた。

 ブラーデラーがその役職に就いていた2007年頃、オペラ公演の観客増によって国立歌劇場の収益が年々上がっていた一方で、奏者にその収益が還元されていなかった。そこで歌劇場を相手に給与アップの交渉を行なったのがブラーデラーで、膠着した状況の中で、「歌劇場が奏者の要求に応じなければ、幕が下りたままになる」とストライキを辞さない発言をしている。

 これがメディアに取り上げられたことがきっかけとなり、最終的にはインフレ率の上昇に伴って5パーセント以上の賃金アップを勝ち取っている。奏者のために強気な交渉を行なう一方で、奏者の勤務回数(オペラ公演数)の正確なカウントや指揮者との調整を冷静にこなした。

 こうした経験は、現在の運営とビジネス上の計画立案や契約にも生かされている。フロシャウアー楽団長がウィーン・フィルの「顔」であれば、ブラーデラー事務局長は「頭脳」である。こうした役割分担が、現在のウィーン・フィルを牽引し、道筋をつけているのだ。