狭義のデザインから広義のデザインへ、ビジネスにおけるデザインの役割が広がるとともに、デザイナーに求められるスキルも大きく変化している。現在「OAメーカーからデジタルサービスの会社への変革」が進むリコーでは、変革の担い手となるデザイナーの評価・育成システムも再構築中だ。リコー総合デザインセンター所長の星村隆史氏に、デザインの領域拡大の現状と、これからのデザイナーに求める資質や期待を聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美)
OAメーカーからデジタルサービスの会社へ
――まず、リコー総合デザインセンターの機能と位置付けを教えてください。
リコーは2021年にカンパニー制に移行し、事業領域別の五つのビジネスユニット(BU)と、グループ全体のコーポレート機能を担う本社に組織を刷新しました。総合デザインセンターは、本社に属する「プロフェッショナルサービス部」に位置付けられ、各BUの取り組みをデザインの観点から支援しています。
主な役割はリコーブランドの製品・サービスのデザインですが、ここ数年で活動の幅が広がっています。リコーでは2020年に「OAメーカーからデジタルサービスの会社への変革」を宣言し、新たなビジネスモデルでお客さまに価値提供をしていく動きが加速しています。その中で狭義のデザインだけではなく、顧客を主軸とした価値創造に関わる広い領域でのデザインの実施が増加しています。
リコー 総合デザインセンター 所長
武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科でインダストリアルデザインを学ぶなか、ユーザビリティのデザインに関心を持ち、当時から積極的に取り組んでいた株式会社リコーに1988年入社。オフィス機器を中心にハードウェアのデザインとGUIのデザインを担当。ハード・ソフトなど組織の縦割り構造を撤廃したUXデザイン室を組成するなど室長職を歴任し2020年より現職に就く。 Photo by ASAMI MAKURA
――そのような状況で、会社の中でのデザイン部門の役割はどのようなものでしょうか。
そうですね。特にリコーのようなBtoB企業では、BtoC企業に比べるとデザインのステータスが低く、過去には「コピー機にデザインなんて要るの?」などと言われたこともあります。オフィス機器の世界は「使い勝手が良くて当たり前」で、悪くて怒られることはあっても、良くて褒められることが少ない製品領域であるといえると思います。
ただ、人々が人生の多くの時間を費やす「働く」という時間にこそ、「使いやすいな」「便利だな」「早く仕事が終わってうれしいな」という「使いたい」という気持ちにつながる顧客体験のデザインが非常に重要であり、そこへの投資が必要であることをデザイナーは皆感じていたので役割拡大に向けた取り組みを行いました。
――デザイン機能の役割拡大のきっかけは何だったのでしょうか。
まず、リコーグループが「OAメーカーからデジタルサービスの会社への変革」を掲げる中で、必然的にデザインの重要性が浮かび上がってきたことが大きいと思います。それと、2018年に経済産業省から「『デザイン経営』宣言」が出されたことも一つのきっかけでした。デザインセンターとしても「いい波が来た」と思い、経営層にデザインのケイパビリティを積極的にプレゼンし、徐々に「デザインは経営課題」というコンセンサスができていきました。GEやアリババで事業変革に取り組んだ経験を持ち、デザイン思考などにも慣れ親しんだ田中豊人が、2020年にCDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)として変革を先導する立場に就いたことや、コーポレート執行役員の西宮一雄の下、プロフェッショナルサービス部の中の全社横串機能の一つとして位置付けられたことも大きかったと思います。