2023年2月4日付の日本経済新聞「リーダーの本棚」にご登場した藤野英人氏が、座右の書として、『ピーター・リンチの株の法則 90秒で説明できない会社には手を出すな』を紹介、話題になった。本作は、処女作『ピーター・リンチの株で勝つ[新版]』に続く第二弾! 読者がもっとも興味のあった「ピーター・リンチがどのようにして、資産を増やしていったのか」という疑問に答える中身になっています! 新訳版として、さらに読みやすくなり、黄金律は5つ追加され、25の黄金律として収録。本書より、ピーター・リンチの投資戦略が垣間見られるエピソードを全5回にわたって紹介。
新刊『ピーター・リンチの株の法則 90秒で説明できない会社には手を出すな』の連載第4回。(初出:2015年4月20日)

90秒で説明できない会社には手を出すな【書籍オンライン編集部セレクション】

投資する会社を小学生に90秒で説明できるようにする

 私がマゼランの運用を始めて少し経ったころ、社内での情報交換が正式に行われるようになった。オフィスの冷蔵庫のそばで行われていた立ち話が会議室での定期的なミーティングに取って代わられ、アナリストとファンド・マネジャー全員がその週のおすすめ銘柄を披露し合うことになったのだ。

 後に私は、小さなキッチンタイマーを片手にこの会合の司会をするようになった。そして、おすすめ銘柄の説明は3分以内で行うというルールを定めた。私はこっそり、この時間を少しずつ短くしていった。最終的には、1分半でブザーが鳴るようにしていた。これはすでに時効であり、発言時間を返せと言われることはもうないので、ここで告白しておく。

 発言者は自分の好きな銘柄のことで頭がいっぱいだから、私が時間をごまかしても気づかなかった。実際、株の話は90秒もあれば足りる。どこかの株を買うことにしたというのなら、なぜそう決断したのかを小学5年生でも理解できるシンプルな言葉で、そして小学5年生が飽きてしまわないように手早く説明できるようにすべきだ。

 この会議は相手をやり込める場ではなかった。ウォール街というところは、口が達者な輩だけが生き残る戦場のようなところになりがちだが、株について言うなら、戦いは真実にたどり着く最良の道ではない。自分の考えを大っぴらに批判された人は、次の会議では口をつぐんでしまうかもしれない。批判の大合唱にでもなれば、自分の調査に対する自信をなくしてしまうだろう。

 厳しいことを言われても、自信はすぐには揺らがないかもしれない。しかし、人間の脳みそはつらい経験を忘れないようにできている。例えば、読者が「クライスラーが5ドルで買える、めったにない大安売りだ」と発言して出席者全員からばかにされたら、その経験は決して忘れないだろう。そして1年あまり経って株価が10ドルになったころ、たまたま手持ちぶさただった読者の脳みそが動きだし、「あの頭のいい人たちの言った通りかもしれない」と考え始める。そしてその翌朝に、1株10ドルで売ってしまうのだ。まだこれからどんどん上がっていくのに、だ。

 こういう自信の喪失を招かないために、フィデリティではプレゼンテーションについて感想や意見を言うことを許さなかった。話は聞くだけにし、それを参考にするかしないかは各人に任せるというスタイルを取ったのだ。また私は、発表者の質ではなく発表されたアイデアの質に注目するよう努めた。銘柄選択のスキルがプレゼンのスキルをはるかに上回っているという人はいるし、最も貴重なアドバイスはそういう人から得られることが多かったのである。この会合以外の場では、キッチンタイマーをオフにして、そういう口べたな人たちの知恵を利用するのが常だった。

 最終的には、毎週開かれていたこのミーティングは日報の発行に取って代わられた。アナリストとファンド・マネジャーの数が多くなり、ひとつの部屋に入り切れなくなったからだった。

 このミーティングのほかに役に立つことが多かった情報源としては、ほかの会社のアナリストやファンド・マネジャーをあげることができる。私は、少なくとも週に一度は競合するどこかのファンドの運用担当者と話をしていた。何かの会議や、街中でばったり出くわすこともときおりあった。「やあ、どうも」とあいさつを交わしたら、すぐに株の話になるのが常だった。「奥さんはどう、元気?」とか「この間のラリー・バードのスリー・ポイント・シュート見たかい?」なんて話は一切しない。すぐに「最近のお気に入り銘柄は?」と聞く。そして「デルタ航空がいい感じだね」とか「そろそろユニオン・カーバイドが持ち直すんじゃないかと見てるんだ」と続いていくのだ。これが、銘柄選択に携わる者同士のコミュニケーションの取り方だった。

 担当する投信の運用成績がリッパーのランキングや「バロンズ」、「フォーブス」などで比較されるという意味では、そして運用成績がほかの投信をどの程度上回るかが翌年の新規資金の流入額を左右するという意味では、私たちは立派な商売敵だった。しかし、そうはいっても、どんな株が今のお気に入りかを話さずにはいられないのが私たちファンド・マネジャーだった。少なくとも、予定の株数を買い終えた後はそうだった。

 アメリカン・フットボールのワシントン・レッドスキンズのコーチが、ライバルのシカゴ・ベアーズのコーチに自分のお気に入りのプレーを教えることは考えられない。しかし、私たちファンド・マネジャーは何を買ったかを教え合った。いいアイデアを教えてもらったら、また別のアイデアを教えてお返しをしたものだった。

 それに比べると、他社のアナリストや証券会社の営業担当者からのアドバイスは注意深く吟味した。品質にかなりバラツキがあるし、どういう人が発したアドバイスかを知らずに従うのは危険である。高名なアナリストの中には、現在の栄誉に満足してしまっている人もいる。「インスティテューショナル・インベスター」誌のランキングに名前が載るスターであっても、調査対象の企業を何年も訪問していないということが全くないとは言い切れない。現場を見ない専門家がウォール街では増えている。アナリストは自分のアイデアを上司や顧客に売り込む時間を増やし、調査に割く時間を減らしている。毎日数社に電話をかけるという人は少なくなっており、実際に企業を訪問する人はさらに少なくなっている。

 そのため、そういうアナリストに出会ったときは必ず知り合いになっておいた。ホーム・デポの長所を見いだし、婦人服のリミテッドをめざとく見つけて調査対象にしたファースト・ボストンのマギー・ギリアム氏はその好例だ。公益株ならナットウエストのジョン・ケレニー氏、金融サービスならグランタルのエリオット・シュナイダー氏、航空宇宙ならソロモン・ブラザーズのジョージ・シャピロ氏などがそれにあたる。このレベルのアナリストの話は聞くに値する。こちらから声をかけたときは特にそうだ。

 アナリストは、株価が25セントだった10年前に調査対象に加えた銘柄が今では25ドルで売買されているという自慢話をしたがるものだ。しかしそれ以上に重要なのは、株価が5ドル、10ドル、15ドルと上昇していたときに2本目、3本目、4本目のリポートを出して自分の意見を補強したかどうかである。最初に出した「買い」推奨はすぐに忘れられてしまう。もしアナリストの推奨がそれきりだったら、リポートの購読者はその銘柄からさらに利益を得るチャンスを逃したことになるのだ。