【パネルディスカッション】
工場内のデジタル化から始まった製造業DXの歴史

人間中心のデジタルものづくり東京大学大学院 経済学研究科 教授
経営教育研究センター長
新宅純二郎

東京大学経済学部卒業後、1993年東京大学経済学博士取得。藤本隆宏⽒とともに「東京⼤学ものづくり経営研究所センター」「東京⼤学経営教育研究センター」などを⽴ち上げると同時に、数々の共同研究に取り組んできた。著書に、『日本企業の競争戦略』(有斐閣、1994 年)、『中国製造業のアーキテクチャ分析』(共著、東洋経済新報社、2005年)、『ものづくりの反撃』(ちくま新書、2016年)など。

 続くパネルディスカッションでは、「製造業DXの現在地と未来」をテーマに4名が登壇した。モデレーターを務めたのは、長年にわたってものづくり経営の研究に携わってきた東京大学大学院 経済学研究科教授の新宅純二郎氏。パネリストは、クボタ 代表取締役副社長執行役員企画本部長/グローバルICT本部長の吉川正⼈氏、京セラ 執行役員 デジタルビジネス推進本部長の土器手亘氏、東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター教授の梅田靖氏の3名である。吉川氏と土器手氏は全社のDXの旗振り役という立場から、梅田氏は次世代生産システムの研究者という立場から、議論に参加していただいた。

 まずはモデレーターの新宅教授が口火を切る形で、ディスカッションの前提となる現状整理がなされた。

 「本日のテーマである『製造業DX』ですが、DXという言葉が一般化するずっと前の2000年代前半から、生産ラインを中心に工場内のデジタル化が進んできました。その後、2010年代初めにドイツ発の『インダストリー4.0』という概念が日本にも上陸し、2015年頃からはIoT化に加え、デジタルによるビジネスモデルや全社組織の変革、つまりDXが多くの企業で本格的に取り組まれるようになってきました。そこに2020年からのコロナ禍によって、DXに拍車がかかったという状況です。こうした変化のうねりの中でどのような取り組みをなされてきたのかを皆様から共有いただいたうえで、日本製造業DXの未来図をディスカッションしたいと考えます」(新宅氏)

「TSUNAGARI」をキーワードに据えたクボタのDX

 最初にプレゼンテーションを行ったのは、クボタ吉川正⼈氏。同社がなぜ本格的にDXにとり組むことになったのか、そこには大きく二つの危機感があったという。一つは、技術革新が速いデジタル時代において、従来の製品・事業ポートフォリオだけでは持続的な成長が望めないこと。もう一つは、既存事業において売上げは安定的に拡大しながらも、営業利益率が伸び悩んでいること。そこで、新規事業による次世代成長ドライバーの創出はもちろん、既存事業でのアフタービジネス拡大も、DXで成し遂げようという狙いである。

人間中心のデジタルものづくりクボタ
代表取締役副社長執行役員 企画本部長、
グローバルICT本部長
吉川正人

1981年慶應義塾大学商学部卒業。同年、久保田鉄工(クボタ)に入社。鉄管企画部長、経営企画部長、クボタトラクタコーポレーション社長(アメリカ)等を歴任。2018年に取締役専務執行役員となり、2019年より企画本部とグローバルICT本部を統括している。2022年代表取締役副社長執行役員に就任し、現在に至る。

  クボタの主力製品であるトラクターや田植え機などの農業機械は、長いものでは50年、短いものでも10〜20年と製品寿命が非常に長く、それゆえ保守・メンテナンスといったアフターサービスが利益拡大のカギを握る。そこにはもちろん、IoTをはじめとするデジタルの力が欠かせない。

「2030年に向けた長期ビジョン『GMB2030』と、その土台づくりである『中期経営計画2025』においても、全社共通テーマとしてDXを位置づけました。組織の隅々までDXを浸透させるため、まずは『分かりやすさ』から入りました。そこで、“TSUNAGARI”(つながり)をDXのキーワードに据え、人と人、人と機械、機械と機械がつながる中で新たな価値が生まれることを、現場の一人ひとりに『実感』してもらう。それが何より重要です。当社のDXはまだ離陸し始めたばかりですが、この取り組みを加速させることで巡航高度まで引き上げていきたい」(吉川氏)

 実際、TSUNAGARI事例はさまざまな現場で生まれている。「クボタスマートアグリシステム」(通称KSAS)という農機の自動化やデータ活用などによるスマート農業、「WATARAS(ワタラス)」いう水田の給水・排水をスマホで遠隔操作できるほ場水管理システム、スマートグラスを活用した機器やプラントの遠隔メンテナンスといった顧客向けソリューション開発が進むほか、自社生産ラインでは作業者の熟練度の見える化、社内コミュニケーションや業務フローではチャット機能や電子決裁、電子契約なども導入された。その結果、着実にDXによるTSUNAGARIが社内に浸透し始めている。また、DX人財を1000名まで育成することを掲げた「DX1000プログラム」も始動。座学だけではなく、現場経験を重視したワークショップを中心に、外部プロフェッショナルとの交流を含めて進められて行く予定だ。