クレディ・スイスは
国内でも「ワル」だった

 かのリーマン・ブラザーズがまだ健在だった2000年代の初頭に、金融マンに向かって「悪い外資系金融を3社挙げよ」と問うた場合、答える人によって順番が変わったかもしれないが、おそらく、シティバンク、リーマン・ブラザーズ、クレディ・スイスの3社の名前が挙がっただろう。次点やその次の名前も出てこなくはないのだが、現在も営業中なので名指しはやめておこう。

 つぶれてしまったリーマンの名前を挙げるに当たって今や気を遣う必要はないが、日本で三度にわたって業務停止命令を受けたシティバンクに加えて、クレディ・スイスが同格のワルに並ぶのはなぜか。その理由は、例えば逮捕者まで出た決算粉飾幇助(ほうじょ)の仕組み債販売に血道を上げるがごとく、もうけのために手段を選ばなかったことや、日本株の取り扱いをいきなりやめて撤退してしまうようなビジネスの荒っぽさが際立っていたからだ。

 実は、筆者はかつてグループ転職で同社の証券部門に入りかけたことがある。しかし、結果的には別の証券会社に入社した。クレディ・スイスの面接は、ひたすら見込み顧客のリストと目標収益を問うものだった。入ったのが別の会社で、つくづく良かったと今でも思っている。

 クレディ・スイスは、社員の扱いも手荒だった。端的に言って、クビになるまでの期間が短い。経験者が中途入社して、証券ビジネスなら早ければ半年、資産運用系の仕事でも1年で、成果が上がらなければクビになる。ある年には、株式部の部長が3回替わったことがあったと記憶している。確かに、同社に転職した筆者の知人が1年でクビになった事例が通算3回ある。

 また、日本株の取り扱いからいきなり撤退した年には、同社にその年の春に新卒で入社して、たまたま株式部門に所属していたために同年の秋にクビになった青年(慶應義塾大学卒だった)の就職の世話に関わったことがある。筆者の勤務先の証券会社では採れなかったが、他の会社を紹介した。外資とはいえ、新卒で採用した社員にここまでするものかと驚いた。

 日本のビジネスは、クレディ・スイスにとって「末端」の一つにすぎないのかもしれない。たぶん、そうだろう。しかし、こうした所業を見ているので、近年の同社が、麻薬取引関係のマネーロンダリングへの関わり、顧客情報の漏洩、米国のファミリーオフィスとの取引での巨額損失などの不祥事続きであったことに関して何ら驚きはなかった。いずれについても「クレディ・スイスなら、いかにもあり得る」と思えた。

 そして昨年後半から、ついに大規模な顧客資金の流出が始まった。いったん「信用」を失うと銀行という業態はもろい。

 では、何が名門銀行の企業風土をここまで堕落させたのだろうか?