ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、日本の経済史に名を残す名経営者の一人だ。その本田氏は、「私はお金が欲しい、遊びたいからだ」と社員の前で公言し、「欲と二人連れで働け」を持論としていた。一方、もう一人の伝説的経営者であり、「私心なき経営」を掲げた稲盛和夫氏は、考えが正反対とも思える本田氏から刺激を受け、学んだことがあるという。(イトモス研究所所長 小倉健一)
本田宗一郎氏が好きだった言葉
「得手に帆あげて」
戦後を代表する経営者の一人、本田宗一郎氏は、バイクメーカーとして設立した本田技研工業(ホンダ)を世界でも屈指の自動車メーカーへと成長させた。同社は今では小型ジェット機「ホンダジェット」を造る会社としても有名になり、「世界のHONDA」として世界で名をはせている。
本田氏は、最終学歴が「小卒」ということを隠そうともせず、技術を愛する経営者であり、またその奔放な性格から社内で「おやじ」と呼ばれ、愛された。
ホンダでエアバッグを開発した小林三郎氏(元ホンダ経営企画部長)は、「日本経済新聞電子版」(2012年8月23日)の記事の中で、本田宗一郎氏との思い出をこう語っている。
「たくさんのおやじのスピーチが印象に残っているが、『無駄なやつは一人もいない』と関係する話をよく覚えている。こんな内容だ」
「『うちはバイクとクルマを造っているが、人によって向き不向きがあるはず。この分野で全員が100%の能力を発揮できるわけじゃない。輝くダイヤになるやつもいるけど、石のままのやつもいるだろう。だけど俺にとっては石もダイヤも同じくらい大事なんだ。だからみんな、一生懸命ベストを尽くしてくれ。ところで、今日はあんまりダイヤがいないなぁ(笑)。でも大体な、おまえら。人にぶつけるときは石の方が便利なんだぞ』。そこで、みんながドッと沸いた。あ、おやじは心底そう思っているんだなと分かったからだ」
「そして、みんなベストを尽くした」
本田氏は、自著のタイトルにもなっている「得手に帆あげて」という言葉が好きだったようだ。この意味は、人間は得手(=得意分野)で活躍することこそがその人間の価値を最も高めるというものだ。
生涯にわたって「得手」にこだわり続けた本田氏は、社員に対して「早く得手を見つけなさい」と唱え続けた。得手であれば、成果を出すことができ、成果を出せれば、もっと仕事をしようというモチベーションが湧くはずだ。そのモチベーションを基にすれば、得手を磨ける、高度な専門性を身に付けられる、自信がつく、仕事に情熱を傾けられる、という好循環を生み出すことができる。
確かに、組織において「得手」を見つけることは大切なことと感じる。自分の役割、居場所が見当たらないというのは、精神的にも大きなストレスにさらされる。そんな不安心理があると、人は意味のない長時間労働や社内調整などに延々と神経をすり減らすことになる。
現場の一人一人に「得手」が見つかるように、また、役割を明確にしてあげるというのも経営者の役割なのであろう。
そんな本田氏を、同じく「経営の神様」と称された稲盛和夫氏はどのように見ていたのか。どちらも日本の経済史に残る伝説的な経営者である二人だが、後世に残るエピソードや思想は正反対だと思えることも多い。
稲盛氏による「本田宗一郎論」をご紹介しよう。