中国は米国との「闇取引」を放棄するのか中国には米国の貿易赤字を前提とする米中間の「闇取引」をやめる選択肢がある Photo: AP/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、米中冷戦の「ポイント・オブ・ノー・リターン(引き返し不能点)」です。両国関係が二度と後戻りできなくなる分岐点は、米国の貿易赤字を前提とする米中間の「闇取引」の終焉ですが、ルビコン川を渡るかどうかを決めるのは米国ではなく中国だとバルファキス氏は指摘します。

 真の覇権国は、実力行使によってではなく、ファウストを誘惑した悪魔のように魅惑的な取引を通じて、その勢力を広げていく。その好例が、米国との新たな冷戦が始まる前、中国の経済的奇跡を支えてきた「闇取引」である。だが今や、その「闇取引」は風前の灯火(ともしび)である。

 以前、中国当局者から説明を受けたことがある。「『闇取引』の前提は、米国の貿易赤字だ。そのおかげで中国の工業製品への需要が高止まりしている。その見返りに、中国の資本家はドル建ての超過利潤を米国の金融・保険・不動産セクターに大量投下している。このプロセスが始まって以来、米国は工業生産の多くの部分を中国に移転した」。

 この「闇取引」のおかげで、中国は半世紀近く、自国の生産過剰分(すなわち純輸出)を米国内における資産・賃貸料収入に対する権利へと転換できた。こうしてドルの優位性は、米国の不労所得者のみならず、中国の資本家にも同じように利益をもたらす機能を果たしたのである。

 従って米国のグローバルな優位の余命は、中国のジレンマと、さらには1周回って、労働者階級と中間層の空洞化を反映した有害な米国の国内政治と分かち難く絡み合っている。ドルのグローバルな優位なくして米国の脱工業化は加速しなかっただろうし、中国の資本家が中国人労働者から巨大な剰余価値を搾取し、米国の不労所得セクターに隠匿することはできなかっただろう。

 米国が中国を敵視する根拠がなんであれ、米国がドナルド・トランプ前大統領の時代に開始し、ジョー・バイデン大統領がエスカレートさせた「新冷戦」は、米国のコングロマリットと中国共産党の双方に多大なプレッシャーをかけている。両者とも、これまでそれぞれの利益の核心にあった「闇取引」の、さらにその先を考えざるを得なくなった。

 アップルのようなコングロマリットにとって、中国との関係から離脱しつつ、その過程での破滅を免れずにいることは極めて難しいが、中国側には、リスクがあるとはいえ、現実的な代替策がある。自国で育成したフィンテック産業の展開により、米国の敵対的措置の影響を免れることである。

 Google、Facebook、Twitter、Instagram、YouTubeを単一のアプリケーションに統合してみよう。さらに、同じプラットフォームにSkype、WhatsApp、ViberやSnapchatを入れ込み、AmazonやSpotify、Netflix、Disney+、Airbnb、Uber、Orbitzといった電子商取引のプラットフォームも追加する。PayPalやCharles Schwab、そしてウォール街の銀行系アプリも軒並み投げ込む。

 だが、想像はここまでだ。実は、これは騰訊控股(テンセント)のモバイルメッセージアプリ「微信(WeChat)」がすでにユーザーに提供していることなのだ。