エヌビディアPhoto by Reiji Murai

ChatGPTの登場による生成AI(人工知能)の爆発的な普及を受けて、米半導体大手エヌビディアが台湾積体電路製造(TSMC)に画像処理半導体(GPU)の増産を要請した。米中対立が激化する中で、稀代のカリスマ経営者であるジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)は、半導体生産の台湾依存を強める。その真意を探る。(ダイヤモンド編集部 村井令二)

“生成AI旋風”を巻き起こした
台湾系米国人CEOの影響力

「生成AI(人工知能)はあらゆる産業を変革するだろう!」

 台湾・台北市で6月2日まで開催されたアジア最大級のIT(情報技術)見本市「台北国際電脳展(COMPUTEX=コンピューテックス)2023」では、1人の男が世界に向けて旋風を巻き起こしていた。

 米エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)――。5月29日、台湾系米国人のファン氏は、故郷で開催されたIT見本市の基調講演で、会場を埋め尽くす3500人の聴衆を前に「AIの“iPhoneモーメント”の始まりだ」と熱弁を振るった。

 それは、iPhoneの登場でコンピューター産業が激変したように、生成AIがIT産業の世界地図を塗り替える時代がやってきたというものだ。

 すでに世界各国では、生成AIに必要となるデータセンターの新設ラッシュでAIサーバーの争奪戦が始まっている。この需要を早期に察知しAI半導体の出荷を急増させているエヌビディアCEOの言葉の説得力は抜群だった。

 元々コンピューテックスは、台湾のIT産業を支えてきたパソコン(PC)業界の見本市だった。そのため、例年、台湾を代表するPCメーカーの宏碁(エイサー)や華碩電脳(ASUS)が存在感を示してきた経緯がある。

 だが今年はその潮目がガラリと変わった。コロナ禍を経て4年ぶりのリアル開催となった2023年のテーマは、“生成AI”一色で埋め尽くされたと言っていい。ファン氏の基調講演を受けて一気に注目が集まったのだ。

 5月30日の開会式に駆け付けた台湾の蔡英文総統も、前日のファン氏の発言を引用して「AIが産業変革を促していく」と、生成AIの盛り上がりを後押しした。

 コンピューテックスを通じてエヌビディアは、今年後半から、AIの学習や演算に使われる画像処理半導体(GPU)の供給拡大に乗り出す方針を世界に向けて発信。すでにエヌビディアは、世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリー)の台湾積体電路製造(TSMC)に対し、GPUの増産要請をしたもようだ。

 TSMCが本拠を構える台湾は、PCの周辺部品や製造受託企業(EMS)の集積地で、世界のコンピューター産業におけるサプライチェーンの要所を握る。しかし、目下のところ、TSMCのポジションは揺れている。米中対立の激化により台湾有事の勃発が取り沙汰されており、最先端半導体の“台湾一極集中”に懸念が高まっているからだ。

 それでもファン氏が打ち出したのは「台湾依存」の一段の強化だった。

 講演翌日の5月30日には、エヌビディアの時価総額が半導体メーカーとして初めて1兆ドル(約140兆円)を突破した。これでアップル、マイクロソフト、グーグルを傘下に持つアルファベット、アマゾンを含む「全米トップ5」の企業に上り詰めた。

 名実ともに半導体産業のリーダーとなったエヌビディアは、生成AIの活況を追い風にPCやスマートフォンの需要減で低迷する半導体市場を反転させることができるだろうか。また、台湾依存のビジネスモデルに死角はないのだろうか。