身体的、精神的、社会的に満たされている状態のことを指す「ウェルビーイング」が今、世界的に重要な経営アジェンダとなっている。SDGsの17目標の中の1つとして「すべての人に健康と福祉を」が掲げられたことや、幸福学についての長年にわたる研究の成果が結実し始めたことなどいくつかの要因が重なり、社会的注目の高まりから経営における重要事項へと、ウェルビーイングの潮流が広がっているのだ。PwCコンサルティングは実態を精査すべく、今年3月「世界働き手実態・幸福度調査2023」を実施した。この結果を踏まえて本連載では5回にわたって、ウェルビーイングに関する経営動向と取り組むべき施策について詳述してきた。第5回の最終回は、世界の働き手のウェルビーイング観から日本企業向けて今度の経営について提言する。
海外現地の優れた働き手から日系企業が選ばれるか
前回は全業界で重要度の増す「従業員向けウェルビーイング」と題して、従業員ウェルビーイングに焦点を当て、従業員ウェルビーイングを高めることがいかに競争優位につながるかを、PwCコンサルティング内で行った従業員向け幸福度調査の分析結果も交えながら解説した。最終回である第5回は、2023年3月にPwCコンサルティングが独自に行った「世界働き手実態・幸福度調査2023」の結果から、「世界の働き手のウェルビーイング」と日系企業への示唆について論じる。
はじめに、今回なぜ、世界の働き手に我々が着目したのかに触れておきたい。それは、今後日本国内の中長期的な人口減や経済成長率の鈍化を見越して海外展開にかじを切る日系企業が増えていくとともに、海外現地の優れた働き手から日系企業が選ばれるかが重要な論点となっていくと考えられるからである。日本のGDPが世界全体のGDPに占める割合は、2000年の14.9%から2050年には2.6%へと減少するとともに、日本のGDPランキングは2000年の3位から6位へ後退と、経済成長の停滞が見込まれている*1。
PwCコンサルティングの「日本企業のグローバル戦略動向調査」によると、中期的に海外市場を成長マーケットと捉える企業が半数を超えていることが分かる*2。さらに主要な日系企業の経営者たちが、今後の持続的成長に向けて明確に海外展開の重要性について言及するなど、海外市場展開は重要度の高い経営アジェンダと解釈できる。
一方、海外現地の働き手側からは、日系企業は他の国の企業に比べてコンペティティブな就職先として捉えられていないことも確認できている*3。したがって、海外展開国現地の優秀な働き手から日系企業が勤務先として選ばれるための取り組みが、これからの課題となるであろう。
そのような状況を打破する切り口として「幸福・ウェルビーイング」を筆者らは主張したい。実際に、世界の働き手たちは日本の働き手よりも自身の幸福を追求できる職場環境を求める傾向にあり、さらに今後の働き手の中心を担う若年層ほどその傾向が強いことが示されている*4。そのような職場や仕事を通じたウェルビーイングの獲得を重視する世界の働き手たちに呼応するように、既に対応を進め競争力の強化を図るグローバル企業も存在している*5。
上記を踏まえた上で、日本と文化圏が近く今後経済成長が見込まれるアジアの主要国を中心とする約4000人の働き手(「フルタイムの仕事をしている」 または「パートタイム(アルバイトを含む)の仕事をしている」に該当する者)を対象に、各国の働き手の幸福度合いおよびそのメカニズムの把握、各国の働き手における仕事観や働き方に関わる実態把握を目的に意識調査を実施した。以降では、同調査の分析結果から得られたキーファインディングスと考察を述べる。紙幅の関係上、本稿ではポイントを絞った形での解説となる。詳細は公開されているレポートを参照いただきたい。