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人生には出産や介護、思わぬ病気など、さまざまなイベントがあります。一般的に、働けない時期を「キャリア中断期」と言ったりしますが、中断は悪いことではありません。労働寿命が延びる現在、時に立ち止まり、生き方や働き方を見直すことも必要です。
キャリアとライフイベント(出産・介護など)
キャリアの選択において、触れておかなければいけないことがある。キャリア形成と、ライフイベントの関係性だ。キャリアについて、何らかの形で直接的に影響が出ることも多いため、切っても切り離せない。
出産や介護、また、思いもよらぬタイミングでの心身の不調により仕事に思うように集中できない時期を一般には「キャリア中断期」と言ったりもするが、そもそも「中断」は悪いことではない(出産した女性には、一時的ではあれ必ず訪れるのだから)。しかし「中断」という言葉には、進むことが是で、止まることが非というニュアンスが感じられるため私はあまり使わない。
言うまでもなく、人生の中で仕事から離れる時期が訪れることが、キャリアにネガティブに影響しない世の中が理想だ。ただ、現実として残念ながらまだそうなっていない部分もあるため、ここでは個人ができること、考えておくべきことを中心に書いていこうと思う。「自分にはまだ関係ない」と思われるかもしれないが、介護や病気は思ってもいなかったタイミングで発生する。性別や年齢を問わず、いつでも起こりうるものと捉えてもらえると嬉しい。
高度経済成長期のように、「一般的」なライフスタイルというのは定義しづらくなった。キャリアにかぎらず、個人の生き方自体が多様化している。その変化に伴い、「プライベートも含めたキャリアのあり方をどう考えたらいいのか」という質問を不安の声とともにいただくことも増えた。
正直、ここは書くか悩んだ。プライベートなことは、プライベートであるからこそ、何を書いても誰かを傷つけてしまう。ただ、それでも20年近くキャリアに携わった自分に溜まった知見は共有したほうがいいのでは、と考えた。個人が書く以上、完全に客観的になることは難しいのだが、私のもとに寄せられた情報・ファクトと、そこから考えられる対策を、あくまでキャリアづくりの観点から、できるかぎりフラットに伝えたいと思う。
本稿では、「将来の漠然とした不安」「直近の不安」「すでに直面している不安」の3つのパターンの中から、「すでに直面している不安」について考えてみよう。
すでに制約が顕在化しているパターン
現在、すでに子育て、介護、その他家庭の制約によって、悩みを抱えているケースもある(ここでは都市部に住む、子育て共働き世帯を想定して論じるが、ほかの問題にも通じる内容だ)。まず、前提として、この時代に女性だから、男性だからという前提を置くこと自体がやや固定観念的ともいえる。だが、男性の育休取得も少しずつ一般化しているものの、現実的に「出産や育休をどう捉えてキャリアを考えたらよいのか」という質問をもらうのは女性からが多い。
出産後も、キャリアとプライベートを両立させた毎日を送っている方もいる。だが、私が、社内外で「女性活躍のロールモデル」として取り上げられている方から、表向きの内容とはまったく異なる実態を直接聞いたのは1度や2度ではない。
どういうことかというと、まず、子どもが生まれ、どうしても働き方や時間の面で制約が出るようになった。その状況だと、過去自分が培ったスキルに頼って、効率的に仕事をこなし成果を出すスタイルにならざるをえず、結果的に若手のときほどの成長は感じていない。組織にも向き合い切れず、内心では危機感を抱いているのだという。
周りに立派に仕事とプライベートを両立している(ように見える)方がいると、ついつい「なぜ自分はできないんだろう」と自己否定に走りがちだが、その必要はない。
外部の力を借りる
そのうえで、どうするかだ。「もう無理だ」と諦めてしまいたくなる方の気持ちもよくわかる。ただ、その制約が、「本当に解消不可能な制約なのか」と1度考え直してみるのも、悪くはない。
各種のベビーシッターによるサポートや、自治体のファミリーサポートなどの保育支援など、時間的・物理的制約を解消してくれる存在は、官民問わず多数ある。金銭的負担が一定生じるのも事実だが、キャリアづくりの観点から言えば、一時的な出費を伴ってでも、成長機会を掴む(そこまでいかずとも、キャリアへの制約が小さくなる)ことを優先したほうが、将来的なBS(貸借対照表)はよりよいものになる、とは言えるだろう。
「家に人を入れるのは嫌」「外部の人に頼りづらい」など価値観のレベルで抵抗感を持つ方も少なくないが、試しに何回かお願いしてみると、「なんで今までお願いしなかったんだろう」と考えが変わることも意外とあったりする。あまり食わず嫌いすることなく、できる選択肢はトライしてみて、そのうえで判断してみる、という姿勢から始めてみてもよいのではないだろうか(と、わざわざ書くほどに「外部の力を借りる」を真剣に検討する方は少ない)。
パートナーとの対話こそ本質
現実には、制約を1人で抱え込んでしまうケースとそうでないケースがあり、かなり難易度の差が生じている。うまく分担できている方は、何が違うのだろうか。結論から言えば「パートナーとの対話の有無」だ。
あらためて、高度経済成長期の「一般的」なライフスタイルというのは、主に男性が働き、女性が家を守るというものだった。だが、法律も整備され、個人の生き方自体が多様化しているにもかかわらず、いまだに「子育ては女性が担うもの」という価値観は、日本でも、それ以外の国でも完全になくなってはいない。
だからこそ、パートナーと、家族としてこれからどういったキャリアをそれぞれが歩んでいくのか、お互いがどんな価値観を持っているのかを、しっかり本音で話す機会を設けること。
「男性が、女性が」とジェンダー論を展開するつもりはない。ただ、シンプルに、互いに1人の人間として対話し、目線を合わせることこそが、いちばん本質的な解決方法だ。プライベートにおいてもキャリアにおいても、互いにどんなことを想定しているかがわからないからこそ「漠然と不安」になるし、「前倒し」のキャリア設計もしづらくなる。また、いざ子どもを産んだり、介護が発生した後で、価値観の違いからどちらかに制約が集中したりもする。
夫婦ともに(もちろん同性のパートナーシップも同様に)「お互い忙しく、日々のことで精いっぱいで、それぞれのキャリア形成をどうするのか、どうプライベートとバランスをとるかについてなんて、ほとんど話したことがなかった」と言うことも多い。自分のキャリアですら向き合えている人はそう多くないのだから、無理もない。この本が対話のきっかけとなれば幸いだ。
できれば「漠然とした不安」の段階から、あるいは「すでに制約が顕在化」した後でも、少し長い時間軸でお互いの考えを話してみるのがよいだろう。
「うちのパートナーに分担を求めるのは無理だと思います」と話す方もいる。だが、実際に対話すると、もちろん難しいケースもあるが「意外と理解してくれて、分担してくれることになりました」と話す方も少なくない。
生物学的に男性に出産は不可能なわけだが、たとえば先ほどの保育園で熱が出たときに迎えに行くのは、父親でも、母親でもいい。話し合いの末、キャリアジャーニーの中で、妻のキャリアを優先し、夫が育児を重視する選択肢をとる家族もある(もちろん逆もある)。







