日本製鉄がUSスチールを買収する狙い
近年、日本製鉄を取り巻く事業環境は厳しくなっていた。最たる脅威は、中国鉄鋼メーカーの急速なシェア拡大である。USスチールを買収する狙いとしてまず、世界の鉄鋼市場で圧倒的なシェアを持つ中国勢に対抗することが挙げられる。
世界鉄鋼業界のデータによると22年、世界トップ10の鉄鋼メーカーのうち6社が中国勢だった。同年の中国の粗鋼生産量は10億1300万トン。第2位はインドの1億2470万トン、3位が日本製鉄などわが国で8920万トンだ。中国は世界全体の粗鋼生産量(18億3150万トン)の55%を占める。世界最大の鉄鋼メーカーである中国宝武鋼鉄の生産能力は1億3184万トンもある。
基本的に鉄鋼の需要は、GDP(国内総生産)で見た経済成長率に連動する。中国は2000年代以降、工業化の加速を背景に鉄鋼需要が急増。オーストラリアなどから鉄鉱石を大量に輸入し、国内の粗鋼生産能力を拡張してきた。その多くは、中国本土の道路や鉄道などのインフラ整備、マンション建設などの不動産投資に用いられた。
中国政府は、政府系の鉄鋼メーカーの経営統合を進め、世界での地位を盤石なものにした。具体的には、土地の供与や産業補助金政策を強化し、鉄鋼メーカーの価格競争力向上を支えてきた。リーマンショック後に4兆元(当時の為替レートで約57兆円)の経済対策、不動産バブルもあり、中国の粗鋼生産能力は膨張し、過剰になった。
対照的に、1990年初頭、わが国の資産バブルは崩壊した。景気は長期停滞に陥り、鉄鋼需要は減少した。電機産業のようにグローバル化やIT革命などへの対応が遅れ、世界的な競争力を失った業種も多い。
そうした中で、ハイブリッド自動車の誕生のインパクトは大きかった。モーターなどの製造に不可欠な無方向性電磁鋼板の需要が増加したことは、日本製鉄の収益下振れを食い止めた。しかし、中国勢のシェア拡大や国内経済低迷による需要減少の影響は甚大だった。事業環境の悪化に対応するため、日本製鉄は国内の高炉休止を発表し、コスト削減を余儀なくされた。