「出勤停止とか自宅謹慎とか、自分が考えていたより深い意味があるんですね。でもEさんの説明を聞いたら、2人への対処方法が分からなくなりました」
「まず、CさんとDさんが懲戒処分や業務命令としての出勤停止の対象になるか否かを判断する必要があります」

<CとDを懲戒処分、または業務命令として出勤停止の対象にできるか>
〇 2人のけんかは、有志の参加による新年会中に行われたものであり、業務時間外の行動は完全にプライベートの問題である。従ってその行為で会社が懲戒処分を科すことは原則としてできない。
〇 ただし、その行為が会社の利益を損ね、名誉や信用を失墜させる場合や会社内の秩序を乱し、他の従業員に悪影響を及ぼす場合などは、懲戒処分の対象になる可能性がある。
〇 CとDの場合、居酒屋の店員にけんかの場面を見られたことのみでは、会社の名誉や信用が失墜したとはいえないし、他の従業員への悪影響も殆どないと思われるため、現段階での懲戒処分は不適切である。
〇 B社長は2人にけんかの反省をさせたいようだが、出勤停止を命じなくてもA課長の指導を通じて対処できると思われる。

「つまり、2人を出勤停止にはできないんですね。となると、会社としてはどう対処したらいいですか?」
「A課長に、明日2人からけんかをした理由を個別に聞いてもらうよう指示して下さい。2人から話が聞き出せない場合は、当日その場に居合わせた他の社員への聞き取りも必要です。それともう1点、確認してほしいことがあります」
「何でしょう?」
「Dさんのケガの状況です。かすり傷程度と聞いていますが、症状が悪化しているかもしれません。もし病院に行く場合、治療費は労災の対象にならないので、注意して下さい。聞き取りの結果を踏まえて、対処方法を考えましょう」

「ノルマがキツくて達成できない」
「ハッパをかけるだけだった」がケンカの発端

 翌日の午前中、A課長はC主任とDを個別に呼び、けんかの理由を尋ねた。C主任は常々A課長からチーム内の営業ノルマの達成を強く言われているが、チームメンバー5名のうちDだけが毎月個人ノルマを達成できず、チーム全体の業績を下げていることに頭を悩ませ、酒に酔った勢いで本人につらく当たってしまったと話した。

 一方Dは、「努力をしても、個人ノルマが自分にはキツくて達成できない。そのことでずっと悩んでいるのにC主任に罵られて頭にきたんです」と言い、会社を辞めたいと申し出た。

 あわてたA課長は、「そんなこと言わないで。ほら、君が担当している大手企業の乙社とは、いいところまで話が進んでるんだろう?」と励ました。Dは頷き、けがの状況を聞かれると、「右手のかすり傷だけなので、病院には行かない」と答えた。

 面談を終えたA課長は、営業成績を上げることに躍起になるあまり、部下にハッパをかけていたが、彼らの悩みを聞き、原因と対策を考えた指導をしていなかったことに気付いた。けんかの発端は、自分の指導不足にあると思い至ったのだ。

 午後、A課長はC主任とDから聴取した内容をB社長に報告し、営業目標を達成することを念頭に置きつつも、これからは部下とのコミュニケーションを重視した指導をしていくと話した。B社長は了承し、2人の対処をA課長に任せた。

 A課長はけんかの件を朝礼等で部下達に報告せず、C主任とDを呼び、2人を並べて「二度とけんかをせず、これからはお互い不満があったら直接自分に話してほしい」と言った。C主任はDにその場で謝り、Dも反省の言葉を口にした。