カリスマ創業者が築いた社風に疑問
真っ向からの対立を乗り越えて
福岡のコールセンターの責任者に抜てきした時にも、任せた途端に旭人は何倍もの広さの場所に移転し、どんどんオペレーターを増やしていった。さらに「意見ボックス」を設置して、スタッフたちが日々の仕事の中で見出す問題点を吸い上げ、改善していく。コールセンターの仕組みも徹底的に勉強し、他企業から「見学させてほしい」と言われるまでに磨き上げていった。
「コールセンターの意見ボックスには毎日のように大量の手紙が投函されていましたが、彼は全てに目を通して、返答していました。僕にはそんなこと、到底できませんよ。彼には問題を一個一個、地道に解決していく粘り強さがあります。一度決めたことをやり遂げるための努力を惜しみません」(明)
しかし旭人が入社して年数を重ね、事業に深く関わってくるようになると、父と息子の考え方の相違が顕著になってくる。激しく議論を闘わせる場面も多くなった。
「創業者に対する二代目の立場はさまざまですが、私はそれを“衝突型”“服従型”“逃避型”と3つに分類しています。僕は明らかに衝突型だった。陰で文句を言わないと決めていましたが、その代わり、疑問や意見は全部父の前で吐き出してしまうんです。かわいげのない、疲れるやり方をしちゃったんですね」(旭人)
明は一代で会社を成長させたカリスマ創業者らしく、直感とひらめきの天才型だ。「今を生きるタイプ」という自己分析の通り、目の前の課題を徹底的に考え抜いて決めた後は、“ケセラセラ”で「なんとかなる」と腹をくくる。旭人は「データを積み上げて結果を出し、それを言語化する」論理的思考の持ち主。将来を見据えて仮説を立て、検証することも怠らない。
お互い「全然性格が違う」と笑うが、その違いこそが仕事上での衝突を生んだのだ。
特に組織の在り方については考え方の違いが顕著で、創業以来トップダウンで経営判断を行っている明と、部長や課長に権限を持たせてピラミッド型にすることが必要だと考える旭人では、完全に意見が食い違っていた。
これだけ規模が大きくなったにもかかわらず上場していないのは、「不特定多数の株主より社員を大事にしたい」という明のポリシーを貫いているからだ。旭人は、それが痛いほど分かっている。
「父がここまで会社を大きくできたのは、仕事に対して厳しく、妥協することのない情熱に加えて、社員に対して家族のように接する“愛情”があったからです。トップダウンとはいえ、社員への気遣いは決して忘れなかったからだと思います」(旭人)
しかし、強烈なリーダーシップで常に社員たちを社長自らが引っ張っている風土に、旭人は不安を感じることもあった。その不安を払拭するように、明に真っ向から向き合い、自分の意見を主張していく。
明は会議で旭人と意見が対立した時に、「じゃあ君が社長をやればいいじゃないか」と皆の前で言うようになった。創業者として突っ走ってきた30年間だったが、息子の成長を見て、「そろそろ任せてもいいかな」と思い始めていたのだ。