共に仕事をする中で受け継がれた
「経営理念」と社員への愛情
2015年、明は旭人に社長職を譲る。66歳の時だった。周囲からは「引退はまだ早い」という声もあった。同時に、「明社長がいなくなって大丈夫なのか」と将来を危ぶむ声も少なくなかったという。
しかし明は会長として“院政”を敷くこともなく、潔く旭人にバトンを渡した。冒頭で触れた最後のテレビショッピング出演中も、旭人を視聴者に紹介し、「新しい社長が新しい風を吹かせる」と明言した。
「私は創業者ですが、会社がいつまでもそれに引きずられるのは良くない。譲った後は旭人と彼のブレーンがなんとかするだろうと思っていました。トップが複数いると、どちらに付いていいのか社員が迷うでしょう」(明)
社長交代後、旭人は父のようにテレビ出演して商品の紹介をすることはしなかった。顧客から届く声を社員とともに徹底的に分析し、メーカーと交渉しながら、より良い商品へ磨き上げていくことに注力。父親が「やりたいと考えていた」ことを、着々と実現している。
「当社では、“お客さまにとって良いこと”が全てのてっぺんにあります。お客さまに良いことならやるし、そうでなければやらない。シンプルですが、これを守っていくことが私の役目だと思います」
数々の衝突を繰り返してきた中で、明が築いてきた「企業理念」は、旭人に確実に承継されている。
後継者の息子は偉大なる父の後ろ姿を追いかけ、いつの間にかその存在を超えるようになる。若かった息子も年齢を重ね、未来より過去が大きな比重をしめるようになる。自分が積み上げた過去や成功体験にすがりつくようになるかもしれない。
「そんなときでも世の中の変化や新しい考えを否定しないように、客観的に自分を見るようにしたい」と旭人は襟を正す。
明は、旭人の「徹底した努力と実践力」を認めるとともに、今、父として息子にかけたい言葉がある。
「経営判断のスピードは私よりだいぶ速いので、もう少しブレーキを踏むようにしてもいいかもしれませんね(笑)。そしてどんどん増えていく社員を統率するのは大変だけど、一人一人の人生の満足感を高めていくことも大事にしてほしいなと思います」
この言葉と呼応するように、旭人は言う。「今の課題は、いかにして社員と自分との距離をこれまでのように保っていけるかということ」
会社が大きく成長する上でのひずみのようなものだが、明はそれをちゃんと見抜いていたのだ。旭人の経営者人生はまだまだ続く。その長い道のりで、父の姿、父の言葉はかけがえのないものになっていくのだろう。
(文中敬称略)