もちろん歴史上には、「鉄器が一斉に普及した」とか「農業の効率が格段に上がった」といった、高度成長時代がときどき発生します。しかし、人類史上全体から見ると、そちらのほうがイレギュラーな事態。近いところでは江戸時代も安定(≒停滞)していて、265年間ずっと右肩上がりだったわけではないのです。つまり、右肩上がりが正常な状態というのは、ここ数十年間の偏った認識なんですね。

 目の前のことで不安になったら歴史を振り返ってみるというのは、近視眼的になることを防ぐいちばんの方法です。でも、テレビや雑誌を見ていると不安になるのもよくわかります。

まずは「お金」の
役割や定義を知ろう

 もしかしたら、みなさんは「お金」の正体がわかっていないから、いたずらに不安になってしまうのかもしれません。ここでいったん、「お金」の役割や定義について足並みを揃えていきましょう。みなさんは、「お金とは何か」と聞かれたら、どう答えますか?

――学生時代には、

(1)価値の交換手段
(2)価値の貯蔵
(3)価値の尺度

 の3つの役割を持つと習いました。

(以下、出口) そのとおりですね。本格的に説明しはじめると長くなってしまうので、ごく簡単にお話ししましょう。

 いまからおよそ5500年前、人類最初の文明がメソポタミアの南方、シュメール地方で興りました。そのとき、「いい働き」をした人はその労働の対価として、土地の支配者から大麦をもらっていました。そして、その大麦の束を運んで、服やほかの食料などの品物と交換していた。なぜ「労働の対価」と「品物」を交換しなければならなかったかというと、必要なものやほしいものを、自分ですべてつくることができなかったからです。【(1)価値の交換手段】

 ところが、いつも手元に大麦があるわけではありません。季節や気候にも左右されますし、時間が経つと腐ってしまう。

 そこで考えついたのが、何十年、何百年経っても腐らない「金」や「銀」といった鉱物を大麦の代わりにすること。もともと価値の高かった鉱物を、みんなの「共通の価値を持つもの」として使うようになったのです。【(2)価値の貯蔵】

 でも、金や銀は、多くの人が使うには発掘する量に限界があります。そこで中国の春秋時代(BC770年~)には大量に産出できる金属を原料に、加工がラクな青銅を使った貨幣が誕生し、宋の時代には紙幣も生まれました。どんなかたちになっても国家が「この通貨はこれくらいの量の金・銀と交換できます」と保証することで、貴重な鉱物と同等の価値を持つすばらしいものになったのです。【(3)価値の尺度】