そもそもDXとは何か――それは「D=デジタル」による「X=変革」。デジタルは手段であり、目的は企業変革とその先にある価値創造である。まだ、まだら模様とはいえ、日本のデジタル化もそれなりに進歩してきた。しかし、肝心要の「変革」については、多くの企業が道半ば。デジタル化中心の「Dx」は導入期を経て、いままさに企業変革に向けた「dX」の正念場を迎えている。

 そこでダイヤモンドクォータリーでは、企業変革と価値創造を主眼に置いたDXをテーマに、2024年2月8日、「ダイヤモンドクォータリー創刊7周年フォーラム」(主催:ダイヤモンド社 ビジネスメディア局、企画:ダイヤモンドクォータリー編集部、協賛:アビームコンサルティング、SAS Institute Japan、ダッソー・システムズ、ログラス)を開催した。4年ぶりのリアル開催となった都内会場には、多くのエグゼクティブが来場。2月22日には、その模様を収録した「擬似ライブ配信」も開催している。

 本稿は、東芝 代表取締役社長執行役員CEOの島田太郎氏による基調講演と、キーエンス、ブリヂストン、花王という日本を代表する企業のエグゼクティブとマネジメントに精通するアカデミアによるパネルディスカッション、2つのプログラムの要旨をまとめた採録である。

クラウドと仏教の「阿頼耶識」の共通点

 仏教には「八識」という概念がある。人間には8つの「識」があるとされ、五感(前五識)と「意識」、無意識に属するエゴなどの「末那識」(まなしき)、最深層にある「阿頼耶識」(あらやしき)から成る。東芝代表取締役社長執行役員CEOの島田太郎氏は、こうした仏教の考え方をヒントに現代のデジタルやDXを論じる。

「人々の心は、阿頼耶識のレイヤーでつながっていると考えられています。大乗仏教では、個人の修行が他者の救済をもたらすとされますが、人の心が深いところでつながっているから、それが可能になるのです」(島田氏)

企業変革なくして価値創造は実現しないDXを問い直す時東芝
代表取締役 社長執行役員 CEO
島田太郎氏

新明和工業、シーメンスを経て、2018年にコーポレートデジタル事業責任者として東芝に入社。2019年執行役常務 最高デジタル責任者(CDO)、2020年執行役上席常務、2022年3月代表執行役社長CEO、2022年6月取締役 代表執行役社長CEO、2023年12月より現職。2022年3月まで、東芝デジタルソリューションズ 取締役社長、東芝データ 代表取締役CEO、一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ 代表理事。現在は、一般社団法人量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)代表理事。著書に『スケールフリーネットワーク ものづくり日本だからできるDX』(日経BP、2021 年)がある。

 ある僧侶は、阿頼耶識をクラウドになぞらえて説明するという。私たちは社会の共通基盤としてのクラウドを日々無意識のうちに利用し、そこを介して他者とつながっている。個々の場面で生まれたベストプラクティスを一般化し、クラウドを通じて展開すれば、世界中の人たちに喜びや利便性を与えることができる。それは、いま世界中で起きていることだ。クラウド化という潮流とともに、ハードウェアとソフトウェアの関係を見直す動きも進んでいる。キーワードは「Software Defined」(SD)である。

「たとえば、クラウドとスマートフォンはつながっていますが、サイバーと各種機器などフィジカルな世界をつなぐためには、さまざまなハードウェアを分解・再構成する必要があります。これまでは、ハードウェアにソフトウェアを組み込む形が一般的でした。ハードがソフトを包む形です。これを逆にして、両者を分離したうえで、ソフトがハードを包むようにする。これがSD化であり、私たちはDigital Evolution(DE)と呼んでいます」(島田氏)

 以下の図に示したように、現在はハードウェアごとに最適化されたソフトウェアが埋め込まれている。SD化すれば、ソフトウェアは外部との接点を持つことが可能になる。そのソフトウェアを通じて、ハードウェアは多様なアプリの機能を取り込むことができる。こうしたDEの先に、島田氏はDXを位置付けている。

「DXの定義はさまざまだと思いますが、私たちがイメージしているのはプラットフォーム化です。“阿頼耶識化”ともいえるでしょう。プラットフォームは自社のソフトとハードだけでなく、他社のソフトとハードもつながるのです」(島田氏)

 いま、世の中のさまざまな製品分野でSD化が進行中だ。自動車業界では、SD化で各メーカーがしのぎを削っている。東芝はこれをエレベーターに実装した。東芝エレベータが提供する「ELCLOUD」である。

「エレベーターの制御装置に搭載されているソフトウェアを、私たちは安全と利便性に関わるものに分離しました。利便性に関するソフトウェアはクラウドとも接続できるので、スマホアプリなどとやり取りすることも可能です。スマホによるエレベーターの呼び出しはその一例です。ロボットとの間でも同様で、警備ロボットを20階建てビルの全フロアに配置するのは非効率ですが、ロボットにエレベーターとの通信機能を搭載すれば、ロボット1台で20フロアを見回ることができます」(島田氏)