スケールフリーネットワーク構築への挑戦
人やモノなどのつながりが形成されると、ネットワーク特有の現象が出現する。SNSの巨大プラットフォームがそうであるように、少数のハブに膨大なリンクが集まるのである。リンク数がある臨界点を超えると爆発的に増加する現象(パーコレーション現象)は、Facebookなどの成長過程で起きたことである。
これは「スケールフリーネットワーク」と呼ばれる。島田氏が挙げた例が、東芝テックの「スマートレシート」である。小売店のレジから出てくるレシートを電子化し、スマホでレシートを確認できるサービスだ。店舗ではレシート用紙が不要になり、電子クーポンなどのマーケティング施策などが可能になる。一方、ユーザーは購買履歴の確認や管理が簡単にでき、買い物の利便性が高まる。レシート電子化に伴う紙とCO2の削減量を数値化することで、環境貢献度の見える化もできる。
すでに1万5000店舗が導入し、登録会員数は160万人を超えたという。スマートレシートの普及によって開かれる可能性の一つとして、島田氏はEBPM(Evidence Based Policy Making)への適用を挙げる。
「行政が子育て支援策を実施したとしましょう。支援金が本当に子育てに使われたかどうか、従来それを確かめる手段がありませんでした。スマートレシートを活用すれば、『この地域で、紙オムツの需要がこれだけ増えた』といったリアルタイムの購買状況を可視化できます。政策の効果を迅速に把握して、次の適切な打ち手につなげる。EBPMを実践するうえで、強力な手段になるでしょう」(島田氏)
デジタルエコノミーの先にある「クオンタムエコノミー」
最後に島田氏は、DXでも重要な要素技術となる量子コンピューティングについて解説を加えた。2021年に設立された「量子技術による新産業創出協議会」(Q-STAR)では、同氏は代表理事を務めている。近年、量子コンピューティングは著しい進展を見せており、Q-STARでもユースケースを検討の主軸に据えているという。
東芝自身も量子技術の実用化を推進している。代表例が、量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」である。量子コンピュータ研究の中から生まれた独自アルゴリズムにより、組み合わせ最適化問題を高速で解くことができる。SQBM+は物流におけるルート最適化をはじめ、金融や創薬など幅広い分野での活用が期待されている。東京証券取引所における実証実験では、高速高頻度取引戦略の有効性などを検証。その成果は学術論文に掲載された。
SQBM+はあらゆる最適化問題をワンストップで解決するプラットフォームを目指しており、すでにさまざまな分野での活用が始まっている。東芝は、デジタルエコノミーの先に「クオンタムエコノミー」を見据えて、研究開発などの取り組みを進めている。
「量子コンピュータや量子センシング、量子通信、量子暗号などの技術進化により、将来はより安全かつ高速な情報インフラが整備されるでしょう。東芝は量子暗号通信システムの事業化を進めており、長距離通信における世界最高の鍵配送速度を達成しました。まもなく、東京において、世界最大級のQKD(Quantum Key Distribution)ネットワークが完成する予定です。また、世界中の通信事業者や研究機関などとも協業しており、QKDネットワークの実用化に向けた取り組みを加速しています」(島田氏)
遠い将来のことと思われた量子技術だが、現代の社会は少なくともその一部を手に入れつつある。クオンタムエコノミーへの扉は開き始めているようだ。量子技術は人々を、あるいは組織と組織をこれまで以上の強さで結び付けるだろう。従来型のクラウドネットワークの先に、新時代の阿頼耶識が立ち現れるかもしれない。