現場、事業モデル、経営モデルを変える

企業変革なくして価値創造は実現しないDXを問い直す時京都先端科学大学 教授
一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司氏

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール 客員教授、2021年より京都先端科学大学 教授。ファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングスなどの社外取締役を歴任。著書に『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版、2021年)、『シュンペーター』(日経BP、2022年)など多数。

 フォーラムの最後には、「デジタル偏重のDxから、変革中心のdXへ その変革は『未来価値』を生み出すのか」をテーマにパネルディスカッションが行われた。モデレーターは京都先端科学大学 教授・一橋ビジネススクール 客員教授の名和高司氏。パネリストにはDXと経営変革の最前線に立つ3人が登壇した。キーエンス データアナリティクス事業グループ マネージャーの柘植朋紘氏、ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長の稲継明宏氏、花王 常務執行役員 DX戦略部門統括の村上由泰氏である。

 まず、モデレーターの名和氏が、テーマにある「Dx」と「dX」という言葉を含めて、パネルディスカッションの狙いを説明した。 

「デジタルはツールであり、何をX(変革)するかが主題です。そこには、大きく3つのレイヤーがあります。現場とオペレーションを変える、事業モデルを変える、そして経営モデルを変える、です。では、デジタルを使って、何をどう変えるのか。3人のパネリストのお話に期待しています」(名和氏)

 

キーエンス営業現場の「行き先革命」

企業変革なくして価値創造は実現しないDXを問い直す時キーエンス
データアナリティクス事業グループ マネージャー
柘植朋紘氏

新卒でキーエンスに入社後、コンサルティングセールス・人事採用を経て、データをフル活用したマーケティング・営業推進・販促活動に10年以上従事。現在は、キーエンスの高収益の源泉である「データ活用ノウハウ」をもとに開発した「データ分析プラットフォームKI」を幅広く展開中。各種イベントなどでの講演多数。

 最初にプレゼンテーションを行ったのは、キーエンスの柘植氏である。キーエンスでは、DXという言葉は意図的に使わないことが多いという。定義が曖昧だからだ。同社は誰もが理解しやすい言葉遣いを大事にしている。デジタル活用の一例として営業の例を挙げた。

「営業では、『行き先革命』に取り組んでいます。これは『誰に』対して営業アプローチをすべきかを、蓄積したデータをもとにレコメンドするものです。売れないところに行く率・回数を最小化する取り組みでもあります」(柘植氏)

 結果として、生産性は高まる。その背景には、「最小の資本と人で、最大の付加価値を上げる」という考え方がある。「ムダな訪問をしない」「そのために役立つからデータを使う」、そうした意識がキーエンスには根付いているという。近年は、確率をより高めるためにAIを導入。営業が訪問すべきターゲットリストなどをAIで教えてくれるという仕組みだ。

 こうした取り組みの言わば「副産物」として生まれたのが、2019年に販売を始めた「データ分析プラットフォームKI」である。ここには、キーエンスのデータ分析ノウハウが詰め込まれている。

「自社の取り組みが大きな効果を上げたので、ソフトウェアとして外販を進めることにしました。自社の目的を追求した結果として、自然な形で新規事業が生まれたということです」(柘植氏)

 DXによって新規ビジネス創出を目指す企業は少なくないが、キーエンスのアプローチは重要な示唆を含んでいる。