ブラックロックと同様の課題に
多くの企業が直面している
――現実的なアプローチとは、どういうものですか。
すべてのステークホルダーを巻き込むアプローチです。まず企業は、政策決定者、すなわち政府と足並みを揃えていかなくてはいけません。当局が様々な規制を整備する際に、その形成の段階から企業は協力していくことです。また、サプライチェーンで言えば、上流のサプライヤーから下流のユーザー・消費者までを巻き込み、場合によっては競合他社とも協調していくべき局面もあるでしょう。
サステナビリティへの対応では、化石燃料を代替する策として、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー、原子力発電など、複数案があります。それぞれの選択肢は一長一短です。どれを選ぼうとも、何らかのトレードオフが発生しますが、ありとあらゆる選択肢を検討しなければいけません。なぜなら現段階では、どの試みが成功するか失敗するかが分からないからです。既成概念を取り払い、いろいろなことを試していくことが、この難しい問題への対応には望ましいのです。
この難問の解決には、政府の政策立案や制度設計に民間企業の協力が欠かせません。米国でバイデン政権が成立させたインフレ抑制法(IRA)では、税控除などの方法で脱炭素技術の開発・導入を後押し、企業に対してサステナビリティに資する経営へのインセンティブをもたらしました。
世界経営フォーラムでは、多くの会員が賛同して、「ファースト・ムーバーズ・コアリション(First Movers Coalition)」を創設しました。グローバルな大企業が一丸となり、よりサステナブルな製品や資材を優先して購入することを約束しています。
こうした前向きな試みを、同時に行うことが肝要です。
――気候変動のような地球規模の課題を解決するため、国連がリーダーシップを発揮し、民間企業を巻き込み、ESGという考えが生まれ、広まってきました。しかし、マセダさんがここまで話されてきた新たな試練を迎え、変化があります。例えば、世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEOラリー・フィンク氏はESGを尊重してきましたが、昨年、ESGという言葉はもう使わないことを表明しました。政治的理由からだと推測します。投資や経営においてESGをどこまで考慮するかと、悩む投資家や経営者は多いと思いますが、どう考えるべきでしょうか。
私がここまでお話してきた試練から派生する課題の典型例ですね。個別の企業やリーダーの言動についてはコメントできませんが、同様の課題は顕在化しています。
ESGは、分解して考えるべきです。ご存じの通り、ESGは3つの概念、その頭文字E、S、Gを合わせた言葉です。Eは環境の持続性。Sは社会の公平性や平等性。Gは良いガバナンスで、それぞれ課題が大きく違います。重要なことは、全てをまとめて総花的に対処しようとしないことです。実際、世界では最近、3つをまとめたESGという言葉はあまり使われていません。
今年のダボス会議でも、ESGとしては語られませんでした。その代わりに、サステナブルなエネルギー転換とか食の安全保障といった課題に対し具体的な言葉が使われました。多くのグローバル企業は、課題に対するに際して、もっと照準を絞った形で取り組むようになっています。例えば米国の企業では、Sの部分のさらなるサブセットに目を向けています。例えば人種やジェンダーなど多様性の重視です。
つまり、現実的な解というのは、全部一緒に対処するのではなく、それぞれの会社のステークホルダーにとってどの要素が一番重要なのかを具体的に洗い出して、そこに注力することです。
仮に、あなたが資産運用会社のCEOだとしましょう。最重要のステークホルダーが、あなたの会社に資産運用を委託している投資家だとするならば、彼らが納得のいく投資リターンを実現しなければいけないのは当然です。あなたがサステナビリティは大切だと考えていたとしても、まずは求められている投資リターンを挙げなければいけない。冒頭に述べたように、今日では必要な投資リターンをあげ、以前のようなサステナビリティ活動を実行するのは相当に難しい状況にあります。
――コロナ禍拡大前の2020年以前には、多くの人がサステナビリティ重視ということでまとまっていたのが、その後4年間に経済環境が大きく変わり、皆が揃ってそのゴールに一直線で進もうということではなくなったのでしょうか。
そうですね。サステナビリティの旅路というのは、決して一直線に進むわけではありません。今日においては、サステナビリティの実現がかつて予想していた以上に難しいことを実感している面はあるでしょう。
そして、企業のステークホルダーは、みんなが同じ方向を向いているわけではありません。お客様の中にはサステナブルな製品が望ましいと思っていても、前よりも高い金額は払いたくないという人もいるでしょう。この4年間にサステナビリティに対する熱が冷めてしまったという投資家や取引先もいるでしょう。
しかし、科学データを見ると、地球温暖化が進んでいることは明らかなので、実効性のある対策をすぐにでも実行しなくてはいけません。そういった意味でいろいろな要素のバランスを取ることが必要です。
企業経営において大切なのは、CEOを含む経営幹部の人たちが、この混迷の時期を乗り越えようという強固な意思を持ち続けることです。強い意思を持って行動することで、将来成功するチャンスをつかむことができるのです。
皆がコミットメントを持って、サステナビリティに資する解を見つけるべく、模索し続けることです。具体的には問題解決のための新しい技術を発見すること、それが見つかったら、その開発資金の調達法や回収法を考え出すことです。