彼はそのまま車中で一晩明かし、翌12日の早朝、車を降りて一人、塩釜教会の方向に歩いていくのを、近くの住民が目撃している。その途中の路上で心臓発作を起こしたようだった。

 当時、彼は日本での滞在期間の延長を申請しており、スーツの胸ポケットにはいくつかの申請書類とパスポートが入っていた。それらを見つけた警察官がカナダ大使館に通報し、その後、カナダの教会本部からエメの教会へと連絡が入ったらしかった。

「正確な定義に照らせば、ラシャペルの死は津波が直接的な原因であるとは言えないのかもしれません」

 十字架が掲げられた礼拝堂で、エメは私に向き合って言った。

「でも、客観的に見ても、震災が彼の死の引き金になったことは事実です。あの日、大震災が起きなかったら、彼はそのまま仙台にいたでしょうし、津波で道路が寸断されていなければ、狭くて寒い車の中で一晩を明かすこともなかったでしょう。ラジオで沿岸地域が壊滅したと聞く度に、彼も恐怖を感じていたでしょうし、何より寒さの中で震える信者たちが心配だったに違いありません。その複合的な負の要素に彼の心臓は耐えられなかったのでしょう」

 エメの話を聞きながら、私は、なぜラシャペルは津波の及ぶ恐れのある塩釜の教会へと戻ったのだろうと考えていた。

 日本で半世紀以上暮らしていた彼はおそらく、巨大地震の後に海沿いに戻れば、津波に巻き込まれる危険性があることを理解していたはずだった。

 それなのになぜ、彼は戻ったのか──。

古くから伝わる「てんでんこ」の教訓
地震が起きたらばらばらに逃げて戻るな

 東日本大震災の取材を続けていると、震災発生直後は安全な場所に避難していた人物がその後、身内を助けに自宅に戻ったり、貴重品や携帯電話を取りに職場に向かったりして、命を落としている事例があまりにも多いことに驚かされる。

 我が子はもちろん、両親や親類が自宅に残っていると知らされたとき、人はたとえ自分の身が危険にさらされることがわかっていても、津波が及ぶ場所へと戻ってしまう。

 その本能的な行動を戒めるために、東北地方の沿岸部では古くから「てんでんこ」の教訓が引き継がれてきた。

〈大地震が起きたら、津波が来る前に「てんでんこ」(ばらばらになって)で逃げろ〉