写真:介護施設
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甚大な被害をもたらした東日本大震災からはや10年。被災地の介護現場では多くの犠牲者が出たが、意外にもマスコミで報じられる機会は少なかった。10年前のあの時、介護現場では何があったのか――。(フリーライター 岡田光雄)

福島の福祉施設が孤立し
支援物資も届かず

 福祉施設とは基本的に心身にハンディのある人たちが利用する場所だ。そこでもし大災害が起これば、逃げ遅れた人などに深刻な被害が出ることは想像に難くない。

 そんな最悪の事態が「2011年3月11日14時46分18秒」に起きてしまった。厚労省老健局の資料によれば、2011年6月13日時点で岩手県、宮城県、福島県の福祉施設における死亡者・行方不明者数は658人。その内訳は、利用者が485人(死亡者407人、行方不明者78人)、職員が173人(死亡者58人、行方不明者115人)となっている。

 福島県いわき市を拠点に福祉施設を構える「社会福祉法人五彩会」の常務理事・岩谷都子氏は、震災当時の様子をこう振り返る。

「経験したことのない強い揺れがあった後、しばらく落ちついた時点ですぐにご利用者を3階から1階に移動しました。救援が来るのを待っていましたが、当時私たちの施設はまだできたばかりで地図に載っておらず、自衛隊の救援物資もなく孤立状態に…。電気の復旧は比較的早かったのですが、物流がストップして水も1カ月近く止まったままでした。支援がない状態では水や食糧の備蓄にも限界があります。そこで、ご利用者のご家族に迎えにきてもらおうとしましたが、交通も一部遮断されていたため、迎えに来られないケースも。行政に相談しに行くと、避難を要するのであれば自主的に避難してくださいと言われたため、いろんな人脈を頼ってご利用者を受け入れてもらえる施設を探しました。避難先が見つかりいざ避難しようという段階でも、原発事故で福島が汚染地域だとみなされたのか、高速道路の往来が一時ストップ。警察や自治体にお願いしてどうにか避難できました」