米中対立の影響試算を拒否した
経済エリート官庁の空洞化危機

 日本がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉に参加するかどうかは、国論を二分する大問題だった。

 交渉参加を決断する際、TPPで関税を削減した場合に自動車などの輸出産業などが受けるメリットと、国内の農業が被るデメリットを試算したのが内閣府だった。内閣府の源流の一つである旧経済企画庁の職員は「官庁エコノミスト」と呼ばれ、日本の経済政策の方向性を決める頭脳として霞が関でも別格の存在だった。

 ところが、内閣府のTPP影響試算から6年半後、米トランプ政権が誕生してから経済エリート官庁の没落を象徴する事件が起こる。首相官邸が、トランプ政権が関税率アップを強行した場合の影響試算を依頼したところ、内閣府が断ったのだ。これは政府関係者の間で、驚きを持って受け止められた。

 ある政府関係者は「審議官クラスとして内閣府の屋台骨を担うべき優秀な人材が大学へと流出し、人材が薄くなっていた」と内情を明かす。結局、同試算は中央省庁ではなく、日本銀行が行った。

 その後も、米中対立は激化の一途をたどり、米国は、中国製品に対する関税をもう一段引き上げようとしている。従来のルールが通用しない激動の時代を日本が生き抜くための国家戦略の鍵を握る内閣府が、機能不全を起こしているとすれば憂慮すべき事態だ。

 なお、内閣府は、ダイヤモンド編集部が公務員アンケート(有効回答数約970件)に基づき作成した政策立案能力「低下度」ランキングで、15省庁中4位となっている(詳細は特集『公務員970人が明かす“危機”の真相』の#4『【官僚371人が決める「働きがい&政策力」省庁ランキング】財務省と国税庁、総務省が凋落危機に陥った理由』参照)。

やりがい搾取で人材流出
人手不足が招く負のスパイラル

 このように、霞が関は危機的な状況だが、人材確保に向けた政府の取り組みは極めて遅い。

 人材を集めたり、引き留めたりするには、確かに、組織のパーパスも大事だ。だが、まずは“先立つもの”を用意しなければならないのは論をまたないだろう。

 しかし、公務員の賃上げのペースは民間から大きく遅れている。国家公務員の初任給は2023年度から大卒、高卒共に1万円以上引き上げられたが、この程度の賃上げは焼け石に水だ。大企業では、3万~5万円の初任給の引き上げは珍しくないからだ。

 待遇が大企業より劣後しているのは20代だけではない。国家公務員は40歳前後で管理職になると残業代をもらえなくなり年収がダウンする。その後、昇進すると年収は若干上がるものの、30代後半から40代、場合によっては50歳ぐらいまで、給料はほぼ横ばいが続く「40代管理職の谷」と呼ばれる現象もある(詳細は特集『賃上げの嘘!本当の給料と出世』の#5『国家公務員40代管理職「10年間、年収1000万円のまま」の憂鬱!賃上げ停滞打開へ“スーパー官僚”構想も』参照)。

 とはいえ、人事院が公務員の待遇改善へ重い腰を上げたことは間違いない。だが、人事院や内閣人事局が本気になっただけで、行政の危機を脱することはできない。必要なのは政治のコミットメントだ。ただし、政治家にとって、公務員の待遇改善やパワハラ防止、行政改革は選挙の票になりにくい地味な政策分野だ。いまこそ、目先の選挙ではなく、中長期の公益のために働く政治家のリーダーシップが求められている。