ルイ・ヴィトンのパリ本社に17年間勤務しPRトップをつとめ、「もっともパリジェンヌな日本人」と業界内外で称された藤原淳氏が、パリ生活で出会った多くのパリジェンヌの実例をもとに、「自分らしさ」を貫く生き方を提案したのが、著書『パリジェンヌはすっぴんがお好き』。著者が言うパリジェンヌとは、「すっぴん=ありのままの自分」をさらけ出し、人生イロイロあっても肩で風を切って生きている人のこと。この記事では、本書より一部を抜粋、編集しパリジェンヌのように自分らしく生きる考え方をお伝えします。

【日本の常識はパリの非常識】残業をすっぱりやめたら得られた「3つの収穫」Photo: Adobe Stock

気が付くと、空っぽのオフィスで残業をしているのは私だけ

 その夜、私はオフィスで一人、ポツネンと残業をしていました。

 入社して3年過ぎた頃、私はPRマネジャーに昇進していました。いわゆる中間管理職です。仕事は加速度的に増え、世界中を飛び回っていました。現場を一切仕切らなければならないのに、部員や研修生の指導を任され、マネジメント能力を試されます。

 あらゆることを瞬時に切り盛りする判断力と行動力を問われながらも、幹部の意向をうまく汲み取る気遣いと機転を要求されます。苦労が多く、見返りが少ない。中間管理職が貧乏暇なしなのは万国共通です。それでも私生活が離婚騒動でゴタゴタな私は、仕事に全力投球していました。

 そのせいか、「仕事がデキる」という評判が独り歩きし、広報部内外から仕事の相談を受けるようになりました。それを人望だと勘違いしていた私はなんでも聞き入れるので、知らないうちに自分の範疇でない仕事まで抱え込むようになっていました。気が付くと、空っぽのオフィスで残業をしているのは私だけ。見回りのセキュリティーのおじさんでさえ、「また君か」という顔をして帰っていきます。「仕事が楽しい」とはとても思えず、「しんどい」の一言でした。

「仕事と私生活のバランスが取れていない人」、あるいは「家族も友達もいない変な奴」

 驚かれるかもしれませんが、フランスでは残業ばかりする人を良しとしません。そんな社員は「要領が悪い」と見做されます。「これ見よがしに」仕事をして上司に気に入られようとしていると嫌味を言われたり、「そんなに勢い込んでどうするの」と煙たがられたりします。「仕事と私生活のバランスが取れていない人」、あるいは「家族も友達もいない変な奴」という表現さえ耳にしたことがあります。

 こちらもしたくてしているわけではないので、さすがに「なぜ自分だけ」と考えさせられることになりました。中間管理職として仕事の荒波に揉まれているのは私だけではありません。それなのに、残業仲間がゼロなのです。仕事を家に持ち帰る人もいません。

(自分は抱え込み過ぎなのだろうか……)

 そんなことを考えながら、コピーを取りに薄気味悪いほど暗い廊下を歩いていたある晩、突然ミレイユと鉢合わせしました。そう、スケスケの服を平気で着る、あのミレイユです。ファッション・デザイナーの「ミューズ」との異名で名高いミレイユは、ルイ・ヴィトンの最新のコレクションに身を包み、いつになくドレスアップしています。

あのねー、残業より大事なことってあるのよ

「あらお久しぶり。これから村上隆展のヴェルニサージュ(オープニング・パーティー)に行くのよ!」

 相変わらず廊下中に響き渡る大声で話すミレイユです。コピー用紙を抱えている私を見て思うところがあったのか、ミレイユは突然、

「あなたも来る?」

 と誘ってきます。驚くほど気さくです。

「アフター・パーティーもあるから、みんなも来るわ。いらっしゃいな!」

 彼女の言う「みんな」とは、ファッション業界、そしてアート業界の友人なのでしょう。気が引けた私は、

「まだ仕事があって……」と断りかけた時、ミレイユが私をさえぎって言いました。

「あのねー、残業より大事なことってあるのよ」

(なんだろう。人脈作りをしなさい、と説教されるのだろうか……)