「モーレツ」から「ゆとり」へ
時代が変わっても昭和の香りが漂う『Z』

ポルシェと唯一肩を並べる「昭和なスポーツカー」とは?クルマ好きの世界的作曲家が認めたその“スゴみ”【試乗記】もともと通勤目的のために購入したという愛車「ポルしろー」(911カレラ)と酒井氏。『911カレラ』も『Z』も、エンジン音ひとつとってもアートだという。車に乗る、それだけで芸術性を感じられる。それがスポーツカーの醍醐味か

 今回、酒井が試乗したのはMT車である。ましてや歴代『Z』の中でも最強と言われる405馬力を誇る最新型だ。時間的な制約のある中ではなかなか乗りこなすには無理のある車かもしれない。そんな今回の試乗劇について、酒井はこう締めくくった。

「短い時間ではあったけれども、いい出会いだったと思う――」

 初代『Z』が世に出たのが1969年、和暦では昭和44年である。時は学生運動華やかりし頃、東京大学安田講堂事件、沖縄返還決定と暗いニュースと明るいそれが同居していた時代だ。

 経済に目をやれば高度経済成長真っ只中。無理をしての成長、それ故のひずみが出てきた時代でもある。

 この1969年から55年の歳月を経た今、時代や社会が私たち市井に暮らす者に求めるものも随分と変わってきた。無理、無茶が美徳、人々の間から「モーレツ社員」という言葉が口にされるようになったのもこの頃のことだ。

 その後モーレツ社員は鳴りを潜め、学生運動など死語となり、世の人々が重きを置くのは、「無理のないもの」「余裕」といったものへとシフトした。

 そうした時代にあって、1969年の初代からずっと伝統を引き継いでいる『Z』は、どこか昭和の香り漂う、「頑張っている車」と言えよう。

 この「頑張っている」という『Z』ならではの昭和の残り香こそ、車を単なる移動や運搬の手段ではなく、車をアート、芸術へと昇華させ、機械でありながらも乗り手と心が通い合う存在となるのかもしれない。

 考えてみれば、車とは人が作ったものである。単なる機械ではありながらも人とコミュニケーションが取れる車とは、作り手による乗り手への思いの現れといったところか。

 そうした作り手への思いを意識すると、車に限らず、音楽、家屋、洋服などなど、世のありとあらゆる森羅万象とのコミュニケーションが取れるはずだ。こうした時間を持つことは、私たちの暮らしを豊かにしてくれよう。

ポルシェと唯一肩を並べる「昭和なスポーツカー」とは?クルマ好きの世界的作曲家が認めたその“スゴみ”【試乗記】後ろ姿も初代Zを思わせるそれ。でも、「令和のZ」だ。昭和から令和まで脈々と受け継ぐZの伝統を意識したことが窺える

(本文中敬称略)

PROFILE 酒井健治(さかい けんじ)

1977年大阪府生まれ、兵庫県育ち。京都市立芸術大学音楽学部作曲科卒業。大学卒業後渡仏。フランス国立パリ高等音楽院作曲科、ジュネーヴ音楽院作曲科を最優秀の成績で卒業。Ircam(イルカム、フランス国立音響音楽研究所)にて電子音楽を学ぶ。2012年マドリッド・フランスアカデミーの芸術部門の会員に選出。作品は全音楽譜出版社より出版されている。今、音楽界隈では現代音楽の旗手として注目を集める作曲家だ。ジョルジュ・エネスコ国際コンクール作曲部門グランプ(2007)、武満徹作曲賞第一位(2009)、ルツェルン・アートメンターファンデーション賞(2010)、エリザベート王妃国際音楽コンクール作曲部門グランプリ(2012)、文化庁長官表彰(国際芸術部門)(2012)、芥川作曲賞(2013)、ジョルジュ・ヴィルデンシュタイン賞(2013)、ローマ賞(2015)など。国内外の著名な作曲賞受賞多数。2022年には日本の音楽界隈では権威ある音楽賞として知られている青山賞(作曲)を受賞した。

(フリージャーナリスト 秋山謙一郎、取材協力・広報車提供/日産自動車)