安易に『逃げていい』
とは言わない

 親と絶縁をしてしばらく経ち、生活が落ち着いたころ、こうした情報をまとめた本がないことに気づいた。

「体験記はあってもマニュアルはない。例えば『DV等支援措置』は配偶者間のDVだけでなく親子間でも申請でき、申し出から毎年更新する必要がありますが、自治体によって制度の運用に差があり、更新時期の通知を送るか送らないかの方針は異なることがわかりました。そもそも親からの被害を受けているのを1人で悩んで我慢している人も潜在的には多いと思います。そういった人たちに情報を届けたいと思い、本を執筆することになりました」

 家族だからと仕方がないと思い悩んでいた人に、「自由に生きることは権利です」と伝えていきたいという。本を出版するためにクラウドファンティングで支援を求めると359人の方から目標額を上回る約190万円が集まった。

「誰がなんと言おうと、私たちには自由に生きる権利があります。親の意思に従わなくても自分で選択できます。もっとも、『親と縁を切る』ことを目的化するとその後がつらいので、安易に『逃げていい』とは言わないようにしています」

 毒親に困っている状況から解放されたいと思って、アクションを起こすまでに大きな壁がある。その先も、一筋縄ではいかない場面が出てくる。

「親と縁を切ったところで、生きていれば良いことも悪いこともあります。そのたびに、『人生が好転(悪転)したのは親を捨てたからか』と自問するのはしんどいです。因果関係を数字で示せるわけでもないですし、こうした疑問は抱くこと自体にあまり意味がないことです。それでも、私含め毒親育ちはふとした瞬間に考え込んでしまうことが多い」

「だから意識的に、本書はあくまでも人生の1フェーズ、たくさんある分岐点のうちの一つに過ぎないこととして、親との絶縁を位置づけています。あまり重いこととして捉えず……というのも難しいかもしれないのですが、ライフハックの“マニュアル”としてドライに使い倒していただければ本望です」

 そして、将来的に考えられる問題のひとつに「父の看取り」「相続」の話が出てくることが予想される。Yさんの場合、代理人の弁護士経由で連絡が来る。誰も葬儀をする人がいなければ、自分がやってもいいかと気持ちが揺らぐときもあるが、母と一緒のお墓には入らないでほしいと思っている。

「父の遺産もいらないので相続放棄をすると思います。父の死後、相続の手続きがあるので間接的には親と関わることになります。今の法律上、完全に縁を断ち切ることができないというのはこういうことなのだと痛感しました」

 親を捨てるのは自分自身を取り戻す選択肢の一つ。ただし何もかもから解放される魔法ではない。だからこそ、加害してくる毒親から距離を置くことは、自分の身を守る「手段」だと割り切っていい。親から離れることはただの1フェーズに過ぎない。充実した人生を送るための一歩を悩んでしまう人は、どうか自分を大事にすることをためらわないでほしいという。