「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(最終回):中村哲さんら「他者」からの学び写真提供:宇田川元一氏

「イノベーションが生まれない」「利益率が低下し続けている」――多くの日本企業が長年悩む課題に、新しい企業変革論で挑み、具体的な解決策を提示する話題の書『企業変革のジレンマ―「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版、2024年)。その著者、宇田川元一・埼玉大学経済経営系大学院准教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。最終回は、人道支援に尽力された医師の中村哲さんなどの「他者」から宇田川氏が学んだことについて語られる。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)

ダークサイドに落ちなかったが、
後悔の念があり苦しかった

――宇田川先生のお父様は、中小企業の経営者でした。バブル経済の時期に、銀行の話に乗せられて多額の借金を背負うことになりました。先生が大学院生の時に、お父様はがんで亡くなられ、残された負債処理をせざるを得なくなりました。このことは3冊の著書いずれにも書かれています。この理不尽なことのご経験が、一連の研究の動機につながっているのでしょうか。

 自著の1冊目と2冊目を書いていた時には、父親を助けられなかったという後悔の念がどこかにあったような気がします。ダークサイドには落ちませんでしたが、母親を亡くしたアナキン・スカイウォーカー(映画『スター・ウォーズ』の主人公)のような気分だったのです。自分の力が足りなかったから父を助けられなかったんじゃないか、という思いがあって苦しかった。

 でも、直近の3年間は徐々に、「父親の借金は私の責任ではないし、あの当時、私にできることなんてなかったし、そんな後ろめたさを持って生きる必要もなかったんだ」と思うようになりました。ある意味、自分が自分自身の人生を回復していく期間が、3冊目執筆の3年間と重なりました。

 父が残した暗い影みたいなものに苦しんできたなという感覚から、もっと自由になろうという気持ちで3冊目は書きました。父とのこと、父に起きたことについて、抽象度を一段上げて捉え直し、そもそも自分は研究者として何を解き明かしたいと思っているのかということに、きちんと向き合おうと思ったんです。 

 核にあるのは、「人間は集団になると愚かになってしまう」という問題にどう向き合うのか、です。『Voice』(PHP研究所)2024年1月号で、「組織悪の生成と対話的変革への考察」という論考でも書いたのですが、例えば2000年に発覚した三菱自動車のリコール隠し事件です。人命を奪う重大事故を組織ぐるみで隠蔽していました。

 ユーザーからのクレームを記録する「商品情報連絡書」に、秘匿を意味するマークを押して別途保管していました。社外から見たら明らかに「おかしい」行動が、集団の中では、必要な「正しい」こととして、当然のように繰り返されていた。組織の感覚が麻痺した象徴的な事例です。

 これは決して許されないことです。しかし、それを糾弾するだけでは変わることは難しいのも事実です。法的責任をとることは必要ですが、これとは別の次元で、このような問題をどう実践的に変えていけるかを考えなければならない、と思うのです。よく考えてみると、人間って自分の置かれた状況の中で正しいと思うことが左右されるという弱さをもっている存在ですよね。

 個々人においては真っ当であっても、組織になると変わってしまう。組織というものに起きる、人を無能化させてしまうものがある。それを解き明かしたいということが、自分の研究者としての根源にあります。そこに強い衝動がある。そこがはっきりした3年間だったと思います。

「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(最終回):中村哲さんら「他者」からの学び