日本サッカーに希望を見る。
中村哲さんからの学び
――本書の「おわりに」は、次世代のための自分の役割を強く意識されて書かれていますね。
29歳で長崎大学に赴任して、30歳で自分のゼミを持った時、徐々に衰退していくこの日本で生きていく学生たちに、自分は何か希望になることを言えるのだろうかと悩みました。私自身が、日本の行く末に絶望していたからかもしれません。ですが、その絶望によく目を凝らすことで、希望を見出していくことが大切だと思うのです。
「次の世代を育てる」などと口にするのはおこがましいのですが、彼らを教える立場として、自分自身が希望を語れる言葉を持ちたいと思いました。その気持ちは、今日まで続いています。
少し話は違うかもしれませんが、私はサッカーが大好きで、Jリーグが1993年に開幕した時からずっと見続けています。それで私は、日本サッカーに日本社会の希望の光を見出しています。ドーハの悲劇、初のワールドカップ本戦出場、日韓ワールドカップ開催……日本サッカーがだんだん強くなって、今ではドイツやスペインと互角に戦えるようになっています。ヨーロッパのチームで、日本の選手が当たり前のようにレギュラーで試合に出る。「そんなことある?」と過去から見ると思うのです。
でもそれはずっと変革を続けているからなのです。課題をクリアすると、また次の課題が顕在化するという道のりだったと思うのですが、それらの課題を一つ一つ地道に乗り越えていくと、こうなれるのだということを日本のサッカーは示しています。
アドバイザーとして企業に関わっていても思いますが、ほとんどの時間は、課題が何かが分かって取り組んでみたら、また次の課題が分かったみたいな感じです。ある意味で、ずっと自分たちが見えていなかったことがわかるだけのような時間に感じるときもあります。でも、そういう時間を過ごして振り返ってみると、3年前、5年前と比べたらやっていることの質は上がったし、視点も変わったねとお互い思ったりするのです。
そういう過程で、日本サッカーは一つのメタファーであり、希望だといつも思うのです。頑張って変革に地道に取り組めば、いつかすごいことになると、日本サッカーが私に教えてくれた。希望はあると思うのですね。ただ、目先のわかりやすい成果を出したいという願望にとらわれている限りは、その外側の希望が見えない。
――様々な「他者」から学ばれていると言えますね。
実際に会って話した人で最も感動し、短い間でしたが多くを学ばせてもらったのは、ペシャワール会の中村哲さんです(パキスタンやアフガニスタンなどで医療や食料支援、灌漑用水路建設による農地開拓など人道支援活動に尽力した医師)。
私は、中村さんとお話した時に、「ああ、ここに本物の人間がいる」と思いました。彼がその時話してくれたのは、「砂漠の荒地も、人間が和解して力を合わせると ちゃんと豊かな土地になる。恵みを与えてくれる。世界はそうできているんだ」ということでした。彼はそれをアフガニスタンで命を尽くして実践されました。中村さんが亡くなられた今も、支援活動は継続しています。
――先生自身が社会のためにできる最も効果的な方法が、企業変革を説くことということなのでしょうか。
ドラッカーはそう述べています。「社会に位置と役割を作る主体は、企業という共同体である」と。政治学者だったドラッカーが、経営学者に転じたのは、企業こそが社会を機能するものに変える主役と考えたからです。
私も、機能する社会の建設のために必要なことをやっていきたいと思います。
――素晴らしいですね。しかも、安易に解決策をサラサラと作るのではなく、現実を見つめ続けて何なのかを考える。誠実な研究の仕方ですね。
本当に苦しいですけれどね。原稿を書いていると、何度も途中で筆が止まります。そこで1カ月くらい止まってしまって、企業を訪問し、経営者やミドル、一般社員と対話します。そして、また机に向かう。そういうことを繰り返しながら書いてきました。もっと器用だと楽なのでしょうけど、そうできないので、本書の執筆には本当に苦しみました(了)。
宇田川元一(うだがわ・もとかず)
埼玉大学経済経営系大学院准教授
1977年生まれ。専門は経営戦略論・組織論。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。企業変革、イノベーション推進の研究を行うほか、大手企業やスタートアップ企業の企業変革アドバイザーも務める。主な著書に『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)、『組織が変わる──行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』(ダイヤモンド社)。最新著書は『企業変革のジレンマ──「構造的無能化」はなぜ起きるのか (日本経済新聞出版)。