だが、肝転移などがあるステージ4の大腸がんでは、腹膜播種は珍しいことではない。現に、国立国際医療研究センター病院では、大腸がんが発見された場合には必ずCT検査(コンピューター断層撮影)を行い、そこで腹膜播種の可能性が考えられたらPET検査(陽電子放射断層撮影)を追加。それでも確定しない場合は、審査腹腔鏡(しんさふくくうきょう)を実施し、肉眼と生検で診断するとしている。

 タカトシさんの病院には、CTはあったがPETはなかった。しかし、それであれば猶更、PETのある外部施設に検査を依頼する、あるいはステージ4の大腸がん治療に実績のある他の医師のセカンドオピニオンを受けるよう提案するなどの選択肢も示せたのではないだろうか。

 また「うちは、標準治療を実施しています」と、教授の後を引き継いだ若手医師は質問するたび繰り返していたが、ここにも問題がある。

 標準治療とは、並みの治療ではなく、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる『最良の治療』であると言われるが、医療は猛スピードで進化しているので、標準治療を最良の治療とするには、進化に遅れないよう現場の医師も日々技術と情報をアップデートしておかなくてはならない。

 たとえば国立がん研究センターは、2021年に全国規模の多施設共同臨床試験を実施した結果、「ステージ4大腸がんで、原発巣(大腸内)による症状がない患者さんに対しては、原発巣の切除手術はせず、化学(薬物)療法を行なうことが標準治療となる」と発表している。切除してもしなくても生存期間に差はないばかりか、切除した場合には、化学療法による有害事象の頻度が高く、より重度で、合併症死も認められたからだという。

標準治療には限界も
「ゲノム医療」を検討すべき時期

 2回目のチャンスは、抗がん剤治療開始前にあった。タカトシさんに使える薬は非常に限られており、効果もほぼ期待できなかった。一時的に病巣が縮小するなどの効果があったとしても、「(標準治療では)もうできることはない」となる日は近かったのだ。

 本気で助けたいと考えるのであれば、「がん」の遺伝子を詳しく調べ、一人一人の遺伝子の変化に応じた治療などを行う「がんゲノム医療」への移行を検討すべき時期だった。