従来の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞も攻撃してしまうため厳しい副作用がつきものだが、最近の「分子標的薬」と呼ばれる抗がん剤は、がん細胞に“より選択的”に作用することが知られている。しかも、大腸肛門病学会のHPによると「大腸がんの場合、治療選択に役立つ可能性がある遺伝子変異は約半数の患者さんに見つかる」という。

 現代は、こういった適切な治療薬を適切な患者に届けるために、個別化されたがん遺伝子の変異の有無を確認し、有効性が高い治療が実践できる時代になっている。そのために必要なのが「がん遺伝子パネル検査」で、2023年現在は、抗がん剤による一次治療開始後から後方治療移行時までの適切なタイミングで実施することが望ましいと、日本大腸肛門病学会は言っている。

 標準治療をやり尽くした後でなければ保険診療にならない現行制度下では、せっかくいい分子標的薬がみつかっても、使用前に命尽きてしまう患者が少なくないという問題があるからだ。ちなみに他の先進諸国では、がんと確定診断されたらすぐに行われるのが普通だ。

 遺伝子パネル検査を受けるには、申請手続きも面倒で、審査の結果が出るまでにも時間がかかる。何より、扱うのは「腫瘍内科」の仕事なので、消化器外科医の主治医の手には負えない。しかし、タカトシさんは主治医から一度も、遺伝子パネル検査の話をされることはなかった。

「主治医との関係性を壊したくない」
セカンドオピニオンのハードルとは

 結局、タカトシさんに投与された抗がん剤は1セットのみ。ほとんど効果はなかったが、「この薬が使えなくなったら、あとはもう1セットしか使える薬がないので、できるだけ長く(この薬を)使いたい」と主治医は言った。

 ヒロコさんがタカトシさんに連絡を取ったのはその頃だ。

「セカンドオピニオンを受けてみたほうがいいよ」

 勧めると、タカトシさんは「俺、主治医との関係性を壊したくないんだ」と固辞した。