マーケティングは
どう進化すべきか

 資源循環経済においては使い続けがモノづくりのカギになると理解しましたが、モノを売る手法、すなわちマーケティングについてはいかがでしょう。マーケティングは一般的に、消費欲求をかき立てるものばかりです。資源循環経済時代にふさわしいマーケティングとはどのような姿なのでしょうか。

 念のため確認をさせていただくと、マーケティングとは本来、モノを売ることではなく、マーケットを形成することが本質です。ですが、いまはマーケティングがセールスプロモーションとほぼ同義になっていることを懸念しています。私は若い頃、富士写真フイルムでマーケティングの実務を担当していましたから、余計にそう感じるのかもしれません。

 そのうえで問題視しているのは、マーケティングが引き起こす「アディクト化」(中毒化)です。これはモノ消費主導経済の影の部分であって、「わかっちゃいるけど、やめられない」「やめられない、とまらない」状態を生み出します。マーケティングによって、嗜好品化→嗜癖品化→中毒化が起こるのです。アルコール依存症がその典型ですが、アディクト化は時に人と社会を破滅させる場合がある。顧客をアディクト化させないためにも、企業は行動を抑制するエシカル(倫理的)な「寸止め」ができるかどうかが問われます。

 他方、モノ消費主導経済と対極にあるといえるのが、使い続けを前提とした資源循環経済です。モノが売れなくなる世界において、マーケティングはどのような形に進化すべきなのか。その答えの基本が、「スロー・アンド・ステディ」と「マスカスタマイゼーション」、そして「サービス・ドミナント・ロジック」と「体験価値」だと考えます。

 従来の線形経済は大量生産・大量消費、つまり「マス・アンド・ファスト」です。マスは大量ですね。ファストはファストファッションやファストフードのように、すぐ着られる・すぐ食べられるといった大量生産・大量販売の既製品のことです。

 反対に、資源循環経済ではスロー・アンド・ステディにならざるをえない。スローとは時間をかけてゆっくりと消費を行うこと、つまり使い続けです。ステディは確実に使い切るということです。その促進策として、マス生産からマスカスタマイズ生産への移行が必要になります。その人の嗜好や健康状態、生活スタイル、体型など、個人データに基づいた商品開発を行う。当然、DXやAIは極めて重要な役割を担います。

 こうしたパーソナルなモノづくりは単に新たな需要を喚起するだけでなく、大切に使う、使い続けると価値が逓増することにもつながるでしょう。もちろん、使い続けのためのメンテナンスとリペア、レトロフィットといったサービスが必要なことは言うまでもありません。

 スロー・アンド・ステディにおいては、どのような価値を提供してその対価を頂戴するのかという、稼ぐための仕組み・仕掛け・仕切りが必要になります。すなわち資源循環時代に挑戦すべきマーケティングは、明らかにビジネスモデルと連動するはず。ゆえに、ここでもモノづくりメーカーは、サービスと連動したビジネスモデルを考えざるをえません。

 続いて、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)と体験価値についてです。このSDLという考え方は、アメリカのマーケティング研究家であるロバート・F・ラッシュとスティーブン・L・バーゴが2004年に提唱したもので、モノもサービス価値提供の一形態であると見なします。

 平たく言えば、テレビは番組を観てこそ価値があり、自動車は乗って移動してこそ価値があるということです。所有することが喜びである人ももちろんいるでしょうが、大多数の生活者にとって、モノは使ってこそ価値を享受できます。たしかに従来のモノ消費主導経済では、モノを所有すること自体の価値が重んじられていました。だから買うこと、所有することが喜びでした。対して現在は、使用価値こそ重要で、それはサービスによる体験価値であるとされる。若い世代の価値観は、これが主流でしょう

 このSDLという考え方は、従来のプロダクト・ドミナント・ロジック(PDL)を覆すものとして、衝撃をもって迎えられました。現在の経営学、特にマーケティング研究者の多くは、SDLに転向しています。

 また、その商品価値はユーザーが使用した時に生じるため、言わばベンダーとユーザーの両者によって価値が協創されると見なされます。このように無形財である事業(コト)のみならず、有形材である商品・製品(モノ)をも含めたすべてをサービスとして包括的にとらえるのが、SDLの考え方です。顧客の体験価値をどうやって協創的に形成し、どのようにシェアし続けるのか、それがマーケティングの腕の見せどころとなります。

 いま円安に伴うインバウンドの高まりによって、街には多くの訪日外国人があふれています。私の拠点がある東京・秋葉原にも、連日多くのインバウンド観光客がやってきます。でも、かつてのような「爆買い」の姿はありません。むしろ彼らの目的は「爆体験」です。メイド喫茶はもちろん、フィギュアの制作、アニメの聖地巡礼など、ここでしかできない体験をしにきているのです。こうした体験価値の提供こそが、今後のカギを握ります。サービスはサービス業のものだという時代は終わりました。メーカーも自社製品とサービス(商品)を戦略的に組み合わせたビジネスモデルによって、魅力的な顧客体験価値を「協創」する時代です。そこにはマーケティングの力が欠かせないのです。

 モノづくりしかり、マーケティングしかり。資源循環経済に向けたゲームチェンジが始まっていると。

 その通りです。勇者ヒンメル(注5)ならば、ぜひどうするかを考えていただきたい(笑)。このままでは、日本企業が新たなゲームで勝ち残ることはできません。だからこそいますぐに、なんちゃってサステナビリティを卒業し、本格的な資源循環経済に向けた「バトンゾーン」の戦略的なデザインに取り組んでほしいのです。極小生産・適小消費・無廃棄という、まだ誰も見たことのない資源循環経済というブルーオーシャンに向けて、いかに大胆かつ解像度の高いロードマップを描けるか。経済モデルのパラダイムシフトが迫るいまこそ、経営者の手腕が問われています。

 我々は何者か、どこから来て、どこに行くのか──。私の好きなポール・ゴーギャンのこの言葉で、本インタビューを締めくくりたいと思います。

注5)魔王を倒した勇者一行の後日譚を描くファンタジーアニメ『葬送のフリーレン』に登場する中心的キャラクター。

 

◉聞き手|宮田和美  ◉構成・まとめ|奥田由意、宮田和美
◉撮影|朝倉祐三子  ◉イラスト|ネモト円筆