ドストエフスキーに『地下室の手記』という重要な作品があります。地下のイメージは、複雑な自我とつながっています。夜の時間は「心の地下室」です。日常の自分とは違う、まったくの別世界。それを持っていないと、どうしても人間が単純になってきてしまいます。人間が単純だと、クリエイティブではありません。

 自分を複線化し、重層化するというような作業が必要です。薄っぺらい単純な自己ではない自己を持っている、というような心の地下室は必要です。その地下室をどんどん夜の間に充実させていくということですね。

読書は「話を聞く」イメージで

 夜の一人静かな時間に「深み」をつくるのに、最も向いているのは読書だといえます。

 もちろん、読書といっても何も仕事に直接役立つ本ばかりを読む必要はありません。福沢諭吉も『学問のすすめ』で「目的なしの勉強こそが一番大事だ」と言っています。そう考えると、読書は気楽なものです。

 読書を楽しむコツは、「本を読む」のではなく「話を聞く」というイメージで臨むことです。面白い人生を送った人の話を聞くのは楽しいものです。

 たとえば、湯川秀樹の『旅人』でしたら、「日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹が、自分の人生について、そしてどうやって科学的発見をしたかについて、今、目の前で語ってくれている」というイメージで読みます。このような面白い話を聞かずにはいられないでしょう。

 そう考えると、すぐに本が読みたくなり、毎晩、新しい本に出会いたくなってきます。すべての本は「語り」だと思いましょう。プラトンが著した『ソクラテスの弁明』は、「ソクラテスはこんな人で、最期にはこう話した」と語っているものです。

 デカルトの『方法序説』も、「私は旅に出て、このようにして思考の実験をして、このようにしてある境地に至った。これで不安と後悔から一生脱却できた」ということを語ってくれている本です。 どちらも哲学書だと思うから重く感じますが、偉人が語ってくれていると思えば、途端に親近感がわきます。