廃れていた漫才、出場するのは若手……
苦労したスポンサー探し
谷 考えが甘かったんですよね。こんなにおもしろい漫才イベントが始まるのだから、スポンサーはすぐに決まるだろうと思っていました。でも現状、漫才は廃れていて、しかもベテランではなく若手のコンテスト。なかなかスポンサーがつかず、頭を抱える状況でした。
そのような中、(カー用品大手の)オートバックスの住野公一社長(当時)が「興味を持っている」という話を聞いて、直接お会いし、企画の説明をしました。
オートバックスは住野社長のお父さん(※故・住野敏郎氏)が大阪で始められた会社です。お父さんは「怒りの経営」と呼ばれるほどとても厳しい人だったようで、2代目である住野社長は「自分は『笑いの経営』でいきたい」と話してくれました。
ご本人も、とてもユニークで革新的な事業にチャレンジされていて、M-1のコンセプトや可能性をご理解いただき、スポンサー契約をしてもらうことができました。
あと苦労したのは、テレビ局探しですね。全国ネットワークのゴールデン枠で放送しないと、新しい漫才ブームは起こせないと考えていました。そこで、番組を放送してもらうためのテレビ局探しに奔走し、東京内のテレビ局をすべて回りましたが、見事に全部、断られました。
田原 なぜ断られたのですか?
谷 2000年当時、漫才は全然盛り上がっていませんでしたからね。東京の番組では、漫才番組は1本もありませんでした。しかも若手に絞ったコンテストとなると、「そんなの視聴率が取れるわけない」と。
テレビ局側からは「バラエティー特番の1コーナーでやってみてはどうですか?」と妥協案を提示されたりしましたが、私たちは番組ではなく、漫才を盛り上げるのが目的だったので、それではダメだったんです。
田原 東京のテレビ局が全滅で、それでどうしたんですか?
谷 知り合いの朝日放送テレビ(※)の和田さんという方が、当時、テレビ朝日に出向されていました。テレビ朝日を紹介してくださり、結果的に、今お伝えしたようにお断りされてしまったのですが、その後、和田さんから電話があり、「ABCテレビでやらせてもらえませんか?」と言ってくださりました。「すでにスポンサーが付いている番組ですし、やりがいがある。M-1はやっぱり、大阪の局がやらないといけないと思うんです」って。
※大阪府に本社を置く、テレビ朝日系列の準キー局。通称、ABCテレビ
田原 結果、キー局でも放送できたのですよね。
谷 はい。朝日放送テレビで持っている、全国ネットの枠があり、午後18時30分から21時までのゴールデン枠をいただくことができました。
田原 視聴率はどうでした?
谷 東京は「9.6%」です。10%は超えませんでしたが、テレ朝は当時、視聴率が一番弱いテレビ局で、前4週平均の「7.0%」を超えることができました。大阪は1年目で「21.6%」を超えました。
それから年々、視聴率は上がり、東京も2006年には「18%」を超え、大阪にいたっては同年「30%」を越えました。
田原 1年目が終わった時はどういう気持ちでしたか?
谷 無事に終わり、視聴率もよかったので、心底ホッとしましたね。年末に放送した影響で、初代チャンピオンの中川家を一目見ようと、正月の吉本の劇場が満席となり大盛り上がりで、M-1の影響力の高さを肌で感じました。
また、NSC(吉本総合芸能学院)にも、すごい人数から入学届けがあったと聞いています。M-1出場と優勝が、今の芸人さんたちの目標になっているというのもとてもうれしいですね。
1980年代の漫才ブームは3年で終わってしまったので、M-1も3年ぐらい続いたらいいなと思っていました。でも、ありがたいことに今もまだ続いている。これはすごいことだと思います。
田原 M-1は、今も続く大人気番組になったということですね。
谷 朝日放送は「一生やりましょう」と言ってくれています(笑)。一度、2010年で終了しましたが、5年後の2015年にまた復活しました。今年(2024年)はちょうど20回目を迎えますね。
私は、2007年頃から東京へ転勤となり、M-1の現場を離れました。その後は一視聴者として、テレビで見ています。
田原 距離を置いてみて、今のM-1はどうですか?
谷 若手漫才師のコンテストにしたかったので、先ほどお伝えしたように、当初、「コンビ結成10年以内」を出場資格に設定したのですが、今は「コンビ結成15年以内」(※)になっているんです。私は10年に戻すべきだとずっと言っています。
※2015年に「15年以内」へと変更となった
田原 なぜ、10年が良いのですか?
谷 芸人というのは、10年以上経たつと、話術、つまりしゃべりのテクニックだけで笑いが取れるんです。
M-1は、「漫才」のNo.1を選ぶコンテストです。10年以上となると、若手というよりも中堅です。ネタのおもしろさよりも、話術のテクニックを身につけた中堅のネタのほうが、やはりお客さんは笑うし、審査員もその笑いの大きさに影響を受ける。「漫才」という同じ土俵で競わせる新人コンテストという意味では、「10年以内」がベストだろうと思っています。
それに、まだあまり知られていないコンビが、M-1で活躍したその翌日にスターになるというのも痛快ですし、このコンテストの魅力ですよね。私たち運営側は、決勝まで上がるコンビを予選からずっと見ているので、「この漫才師どうや! おもしろいだろ!」と、決勝で審査をする紳助さんや松本人志さんに、突き付けている気持ちでした。ですので、審査員たちが高い点数をつけてくれたときは、自分のことのようにグッときますね。
田原 谷さんは、今は何をされているのですか?