會澤綾子(あいざわ・あやこ)
明治大学商学部専任講師。博士(経営学)。慶應義塾大学法学部卒業。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻経営コース修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。東京大学大学院経済学研究科附属経営教育研究センター特任助教や上智大学経済学部非常勤講師などを経て現職。
日本の製造業で組織ぐるみの不正行為が近年続出している。2016年三菱自動車などの燃費測定・検査不正、17年神戸製鋼の検査不正、20年三菱電機の検査不正、22年ジェネリック医薬品メーカーの製造手続き不正、そして2023年のダイハツ工業での衝突試験不正。不正が長期間続いてきたケースもある。そうした企業の組織的な不正行為の常態化メカニズムを分析し、対策を提示した新刊『組織的な不正行為の常態化メカニズム:なぜ、不正行為は止められないのか』の著者をインタビューした。3回連載の第1回目。(取材・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮、撮影/鈴木愛子)
何が不正行為を起こさせるのか
――本書『組織的な不正行為の常態化メカニズム―なぜ、不正行為は止められないのか』は、その「まえがき」によれば、會澤先生の博士論文を書籍化したものということですが、このテーマを研究された動機を教えてください。
大学卒業後、広告関係の企業で働いていました。営業部から法務部に異動になり、様々な法規則を会社全体に浸透させる立場にありましたが、その中では、いくつかの疑問もありました。「会社の制度を作りこんでいくことが、不正を起こさせないという本来の目的にどれだけつながっているのか」「価値を生み出す営業部や開発部などの現場組織に、規制強化は過度な負担をかけていないか」といった思いです。
制度を精緻化すればするほど、本来の目的を見失いやすいことも実感しました。法令遵守と言っても、現場の一線では、法をそのまま適用するわけでなく、解釈しマニュアルに落とし込んでいきます。仮に実務にそぐわない点があるのであれば、制度に対する確認や議論も必要です。
例えば、下請けに不公正な取引を強いてはいけないという法律において、何が下請けに不利益になるかは現場で解釈します。法の趣旨を正しく理解して実践すればよいのですが、規則が複雑になっていくと、現場できちんと考えたり、話し合ったりする余裕がなくなる可能性が高まります。そうなると、「決められた手順さえ守ればよい」という単純思考になるかもしれません。
制度と実務、その間をどう紡いでいくかが、企業の管理部門の仕事であり醍醐味です。けれども、自分の疑問の延長線に、多くの組織や人が抱える共通した課題があるのではないかと思えてきて、研究したいと考えるにいたりました。
――本書では、日本企業で最もコンプライアンス制度を充実させてきた東芝が2015年に不正会計問題を起こしたことも触れられています。
東芝は特別なケースではなく、それ以降も、多くの大企業で組織的な不正行為が続いています。不正が発覚すると、どうしても「誰が首謀者なのか、どういう動機なのか」ということに注目が集まります。解決に向けて、犯人探しや制度の欠陥究明に利害関係者が追われるのもわかります。
しかし、社会的により重要なのは「何がその不正行為を起こさせるのか」を見極めることではないかと考えました。
なぜなら、企業における不正行為は、組織の構造的課題の症状であることが多いからです。法制度が整備された大企業でいくつもの不正が生まれるのは、組織に機能不全が起きているからではないでしょうか。そうだとすれば、同じことが他社でも起きうるのではないか。不正行為を行う企業を断罪するのではなく、その発生メカニズムを研究したいと考えたのです。
――本書は学術論考としてまず先行研究を示し、その上でオリジナルな研究を展開する構成になっています。最初に示されるのが、3つの視点(倫理的、合理的、社会的)の先行研究です。
3つの視点は、不正行為が起きた理由を、組織や個人に倫理的な問題があったとみるか(倫理的視点)、金銭や便益などの合理的利得(インセンティブ)があったから不正したとみるか(合理的視点)、組織という社会の中で指示されるルーチン化した行為を思考停止で行ったとみるか(社会的視点)、に分けて考えます。
それぞれはどのような対策をとるかと関係します。倫理的視点に基づけば、理念を浸透させることや倫理的施策を充実させることが大切です。合理的視点に基づけば、インセンティブを獲得できない仕組みが必要になります。社会的視点については、組織化されてしまっているので、対策が少し難しくなってきます。倫理的視点や合理的視点のアプローチでは十分でない面を考えて対策を立てる必要があります。
いずれにしても「不正行為にはさまざまな要因がある」という視点を持つことが大切だと、思うのです。
例えば、賞味期限改ざん問題を起こした食品会社では、「(賞味期限は過ぎていても)消費期限は過ぎていない。まだ食べられるのだから、廃棄するのはもったいない」という論理が働いてしまったのかもしれません。法規制上では賞味期限の改ざんは悪いことですが、改ざんした当事者は、ムダを減らし、良いことをしていると考えた可能性があります。
視点が違うと、判断が変わるのです。ここを「良い」「悪い」という二分論だけで突き詰めてしまうと、不正行為の原因を見逃してしまい、同様のことが起きる可能性が残ってしまいます。
――本書ではその3つの視点の研究を、長期間・複数回にわたって不正行為が発覚した三菱自動車の事例に当てはめることで、一般ビジネスパーソンにもわかりやすく解説されています。
三菱自動車については、不正行為を2つに分類しています。1つは、1990年代から続いていた、法令とは異なる燃費検査方法で、仮に不正行為Aとします。もう1つは、2010年代に行われた燃費検査の結果を改ざんする行為で、仮に不正行為Bとします。
まず不正行為Aを、3つの視点から考えていきます。最初に倫理的視点です。三菱自動車自体は、過去にリコール問題などの不祥事を起こした経験があります。その反省から、様々な倫理的施策を運用するようになっていました。また、ガバナンス体制も徐々に強化していきました。
その間、不正行為Aに関する問題の是正を提言した社員も現れています。結果的には不正行為を止められなかったので、施策の効果がなかったと言えばそれまでですが、倫理的に問題があった集団とまでは言い切れないのではないでしょうか。現に、燃費不正後に複数の会社で問題となった生産部門での問題は三菱自動車では起きませんでした。
次に、合理的利得、インセンティブの視点です。法令とは異なる燃費検査方法という不正行為Aは、1990年代から始まっていたとされていますが、その間、三菱自動車が、法令通りの検査方法を行えなかったわけではありません。実際、欧州と日本の法令検査は同様であるため、欧州向け輸出品は日本の法令に沿った方法で検査し、認証されています。
つまり、日本の法令通りの検査方法が可能だったにもかかわらず、三菱自動車では1990年代から不正行為が行われてきたのです。合理的視点では、この不正行為の説明は難しい。そうなってくると、社会的視点が適合するように考えられます。
――社会的視点は、一般人にはやや難しく、本書では詳細に論じられています。
社会的視点では、不正行為を社会的・集団的行為であるとして、行為者の意思とは離れて不正行為をとらえます。一般的には、集団の中でも管理者を起点として語られ、不正行為の主体はマインドレス(mindless)に陥った集団や組織が想定されます。簡単に言うと、ひどいリーダーが強権を行使する状況で、組織のメンバーが思考停止になって従うイメージです。
しかし、三菱自動車の場合、行為者が思考停止で不正を働いたかというと、そうではありません。管理者の指示というよりは、組織内で正しいと認識され、継承された行為でした。間違っている行為を正統性のあるものだと認識していたようです。
――社員が疑問を呈するケースを2つ、本書では示しています。
法令とは異なる検査方法が継続されている点について疑問を持ったD氏(本書での記述)が2000年に開発部門である程度の権限を持つグループ長に昇進した後、部下に命じて2つの検査方法を検証しています。しかし、ほとんど差がないという結果だったため、是正するにいたりませんでした。
2005年には新人が上長の提案を基に「法規に従った検査方法を用いるべきだ」と新人提言発表会で提言しましたが、採用されませんでした。
こうしたことから、権限者の指示によって、組織全体が思考停止で不正を行うという社会的視点でも十分に説明し難いのです。