トヨタの「レクサス」とセイコーの「グランドセイコー」、海外でのブランド戦略に見る決定的な違い【ハーバード大教授に聞く】ロヒト・デシュパンデ名誉教授 (C)Susan Young

ハーバードビジネススクールのロヒト・デシュパンデ名誉教授は、セイコーグループの高価格帯ブランド「グランドセイコー」の海外戦略はユニークだと指摘する。それはなぜか。また、“安いニッポン”といわれる中、日本企業のブランドが世界で戦うために必要な武器とは。デシュパンデ氏に話を聞いた。(聞き手/作家・コンサルタント 佐藤智恵)

ハーバード大教授が
グランドセイコーに注目した理由

佐藤智恵 デシュパンデ教授は2024年11月、ハーバードビジネススクール(以下ハーバード)の教材『グランドセイコー:眠れる獅子』(原題:Grand Seiko―The Sleeping Lion)を出版しました。この教材を執筆しようと思った動機は何ですか。

ロヒト・デシュパンデ グランドセイコーの事例を教材にしたいと思った動機は主に2つあります。1つは、私自身、大学を卒業後、何十年間にもわたってセイコーの腕時計を愛用してきたこと。

 もう1つは、グランドセイコーのブランド戦略が極めてユニークであること。私は長年、ハーバードでグローバルブランドを研究してきましたが、セイコーグループが最高級ラインのグランドセイコーをグローバル市場で売り出した際、従来のブランディング理論に則っていない手法をとっていたことに興味を持ちました。

佐藤 具体的にはどのような点がユニークだったのでしょうか。

デシュパンデ 最も独創的だったのは、米国市場で最高級ラインで勝負するのに、「グランドセイコー」というブランド名をそのまま使用することを決断したことです。

 1960年に発売が開始された高級腕時計、グランドセイコーは日本では有名なブランドですが、海外ではそれほど知られていませんでした。本格的に海外進出したのは2010年。最初のターゲットは米国市場でした。

 通常、日本のメーカーが海外市場でラグジュアリーブランドを立ち上げる際には、全く新しいブランド名をつけるのが定石です。なぜなら、世界では、日本のメーカーは「大衆向け」の製品を作っているというイメージがまだまだ強いからです。

 実際、コンサルティング会社も経営陣に対して「『グランドセイコー』ではなく、別のブランド名を新たに立ち上げたほうがよい」と助言していたと聞いています。

 また、セイコーグループには、「クレドール」という高級腕時計のブランドがありますから、「クレドール」という名前を使う手もあったはずです。にもかかわらず、経営陣は2017年、米国で最高級ラインを売り出す際、「グランドセイコー」をそのまま使うことにこだわりました。これはなぜなのだろうか、と思ったのが、教材を執筆した動機です。

佐藤 なぜ、理論上は、全く新しい名前をつけるのが定石なのでしょうか。